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大神殿でお祈りを済ませ、人の流れに乗って大神殿の敷地から出た。お祭り開催期間中に一度は女神様にお祈りをするのが、基本的なルールであるらしい。
リアムさんに誘って貰ってなかったら、私はきっとお祈りに行かなかった。
もし、行かなかったら……何かしらの天罰が下ったかもしれない。だって、この世界では女神様は本当にいるのだし。
でも、異世界から連れて来られた私にとっては、今の立場は十分に罰を受けている状態のように思われる。
「大神殿での祈りは済ませた。後は……そうだな、中央広場と大通りに行こうか」
この世界のお祭りのことはさっぱり分からないので、リアムさんに言われるように街を歩く。
神殿から中央広場を繋ぐ大通りを各お店が出す販売ブースを覗きながら歩き(途中ランダース商会のブースも覗いたけど、リアムさんとのことをからかわれたのでさっさと退散した)中央広場に抜けた。
中央広場はその名の通りこの首都の中央付近になる。大きな噴水が中心にあって、イルカのようなクジラのような生き物の像が口から水を噴き出している。
その噴水を取り囲むように小さな露店が店を広げていて、大勢の人たちが買い物や買い食いを楽しみ、あちこちで大道芸やらダンスが披露されておひねりが飛ぶ。
「ここだけじゃない、各教会の近くにもこうした露店が出ている場所がある。皆気に入った場所に出向いたり、ハシゴしたりする」
「へええ……思っていた以上に賑やかです」
女神様へ感謝を捧げる三年に一度のお祭りって言うから、もっと儀式めいた厳かなものを想像してたけれど、どっちかと言えば日本の夏祭りや秋祭りに近い感じがする。
儀式めいたものは、初日に大神殿で偉い人たちが行うものだけで終わってるのかもしれない。
露店で串に刺して焼いたお肉や、焼きたてのソーセージを挟んだパンなんかを買い食いした。デザートに買ったフルーツソルベは歯がキーンッと痛くなるほど冷たくて、甘いのか酸っぱいのかよく分からなかった。
でもお祭りに出ている露店で買い食いするという行為自体がスパイスのようなもので、どれも凄く美味しく感じた。
聞いたことのない民族風の音楽に、美しい衣装を纏って鈴を鳴らし花びらを撒き散らしながら踊る、ウサギ獣人さんの蠱惑的なダンス。
幻影魔法を駆使して、まるでプロジェクションマッピングみたいに周囲に映像を映し出して物語りを披露するキツネ獣人さん。
小さなリスのような魔獣を沢山従属させて、思いのままに操って芸を披露させるネコ獣人さん。
見たことのない芸に私は驚き、感動し、手が痛くなるほど拍手をして出来る限りのおひねりを出した。
「大丈夫か? 疲れたんじゃないか」
「あはは、さすがにちょっと疲れちゃいました。見るもの見るもの凄くて、素敵で……」
興奮し過ぎたのか、喉の奥が少し乾いた感じがしてコホンコホンと軽く咳が出た。
「楽しんでるのならいいが、無理はしないでくれ」
「大丈夫ですよ」
「……座って休憩しよう。演し物も演者が交代するようだからな」
リアムさんは露店で果実水を買って、私を広場の端にあるベンチに座らせてくれた。
果実水は桃のような味と香りがして、ほんのり甘くて美味しい。カサカサした喉の奥が潤って行くのが分かる。
「これは一体どういうことなのか、説明を求めるわ」
突然降ってきた怒りを孕んだ声に顔を上げれば、目の前には見知らぬご令嬢が立っていた。
ワインレッドの街歩き用のドレスを身に纏って、手には美しい扇。ピンと立ったその耳はドーベルマンを連想させる。その後ろにもまたモスグリーンとダスティピンクのドレスを纏った見知らぬふたりのご令嬢たち。
まずい、と瞬間的に思った。
彼女たちはきっと差出人不明のお手紙を私に出しているご令嬢で、私をクルトさんの番だと信じている。その私がクルトさんではない、別の男性と一緒に出歩いていることに関して良い感情を抱くわけがない。
何度も私は経験していることだ、いつものように対処すればいい。けれど、リアムさんを巻き込むことになってしまうようなことだけは避けたい。
ベンチから立上り、一礼だけはした。けれど、私に突き刺さる視線の鋭さは増すばかりだ。
「えっと……」
「アナタはクルト様の番。だというのに、別の男性と一緒に〝白花祭り〟に参加するなんて……恥知らずにも程がありますわね。そもそも、クルト様はどちらにいらっしゃるの?」
「……え?」
「なにをとぼけているの!? アナタ、午前中に王城前で開催された合唱隊の歌をランダース様と一緒に聞いていたじゃない!」
後ろにいたダスティピンクのドレスを着たご令嬢が言う。
午前中に王城前で合唱隊の歌を聞いた? え? 私が、クルトさんと?
「そうよ、そのあり得ないくらい短い黒髪を見間違うわけないわ! ランダース様にべったり張り付いて、王城前にいたのを私たちしっかり見ていますからっ」
モスグリーンドレスのご令嬢が追い打ちをかけてくる。
いやいやいやいや、あり得ない。
私は午前中からリアムさんと一緒にいて、大聖堂でお祈りをしてから大通りを通って、中央広場に来た。王城前にまで足を伸ばしたりしていない。
完全な人違いだ。
クルトさんと一緒にいた黒髪の女性は、絶対に私じゃない。
「申し訳ありませんが、クルト・ランダース氏と一緒にいた女性は私ではございません。人違いでございましょう。私は本日クルト・ランダース氏と行動を共にしておりません」
それが事実だ。私は今日クルトさんと会ってないし、一緒に行動もしてない。
でも、これで納得して引き下がってくれるのなら苦労はいらないのだ。
「私たちが見間違えたとでも言うの!?」
「黒い髪色は決して珍しいものではございませんし、髪型によっては短く見えるものもございますでしょう。大勢の見物人たちの中で遠くから見かけた、のであれば見間違いは仕方のないことかと」
ご令嬢たちの苛立ちが高まっているのを感じる。
「では、クルト様と一緒に合唱を聴いていた女性は、どこのどなたなのですか?」
「存じません。何度も申し上げておりますが、そもそも私はクルト・ランダース氏の番ではございません」
ワインレッドのドレスを纏ったご令嬢の持つ扇が、ミシッと嫌な音をたてた。
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