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「おはよう」


 リアムさんは約束の時間きっかりに寮へ私を迎えに来てくれた。白いシャツにブルーグレーのジャケット、紺色のコットンパンツ姿。前髪は緩くセットされているだけ、というラフな格好だ。


 私服姿を見るのは教会のバザー&ティーパーティー以来二回目。初めて私服姿を見るわけじゃないのに、凄く心臓がドキドキする。


「おはようございます。今日は宜しくお願いします」


 渇き気味の喉から声を絞り出すと、リアムさんはいつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。


「こちらこそ。可愛い格好だ。それにその髪飾り、付けてくれてるんだな、嬉しいよ」


 私はいつものブラウスにコットンパンツという仕事スタイルではなくて、襟に花の刺繍の入ったキャメルカラーのワンピースにペールグレーのカーディガンというお出かけスタイルだ。


 普段は職場と寮との往復で、可愛いお洋服なんて必要ない感じだけれど……さすがの私もリアムさんとふたりでお出かけするのにお洒落をしないという選択肢は却下だ。


 持ち合わせで出来る限り可愛い服を選び、ほんのりお化粧もして、髪を整えて貰った髪留めを付けた。

 これが今の私の精一杯。


 お世辞だったとしても、可愛いと言って貰えた。

 髪留めを付けていることを嬉しいと言って貰えた。


 嬉しくて、顔が緩むのを必死に堪える。


「……祭り、なにか見たか?」


「いえ」


「昨日は休みだったんだろう? 出かけなかったのか」


「はい。今日、リアムさんと一緒にお祭りに行く約束してたので、出かけてあちこち見るつもりは全然なかったんです」


 先にお祭りを楽しんでも問題はないんだろうけど、やっぱり初めて見て回る方が楽しめる。それに、洗濯や部屋の掃除だって休みの時にやらなきゃいけないことだから。


「……そ、そうか。ではレイはまだ祭りをどこも見ていないんだな」


「はい。一日目に商会の販売ブースに居ましたけど、お仕事が忙しくって他の販売ブースを見る暇もなかったですよ」


「そうか、また全く見ていないのか」


「というか、私この〝白花祭り〟に参加するというか、見に行くのも初めてなんです。だから、とても楽しみです」


 この世界に来て〝白花祭り〟なんてお祭りがあることを知ったのだって、つい最近の話しだ。なにもかも初めてなのだ、楽しみでならない。


「んんっ……う……」


「? リアムさん、どうかしましたか?」


 リアムさんは私に背を向け、なにやら咳払いをしていた。耳は垂れているし、尻尾は小刻みに震えているけど、なにかあったんだろうか?


「いや、なんでもない。…………レイ、これを」


 ジャケットの内ポケットから何かを取り出し、リアムさんは私の左手首に触れた。パチンッという音がして、なにかが手首をくるりと回る。


「え……これ?」


 一輪の白い花、その茎と葉が華奢なブレスレットになって私の手首を飾っていた。


「〝白花祭り〟は白い花かそれを模したデザインのアクセサリーを身に着けるって、聞いただろう? キミはそのアクセサリーを一日目に売っていたんだから」


「……はい」


「今日はこれを身に着けていてくれたら、嬉しい」


 カーッと首から顔が熱くなって行くのが分かる。きっと顔だけじゃない、耳も手も足も全身が赤くなっているに違いない。


 赤くなった私を見たリアムさんは、驚いた様子で固まった。私たちは寮の玄関先で向かい合ったまま、ひと言も言葉を交わすでもなく……立ち尽くす。


 どのくらいそうして過ごしたのか良く分からない。

 体感では一時間以上だけれど、実際はきっと数秒。


 寮の管理人をしているアガサ夫人に「さっさと街へお行き! こんな所で潰していい時間はないんだよっ」と言われて叩き出されてしまった。


 物凄い勢いで寮から追い出されて、私たちは小走りに大聖堂の方へ向かった。大勢の人たちが行き交う道を、ふたり手を繋いで。


「ふっ……ふふっ」


「リアムさん?」


「いや、端から見ていたらおかしな状況だっただろうと思ってな。ふたりで見つめ合って固まって、そのまま数分硬直していたんだ」


「そうですね、第三者として見たら……変なふたりです」


「ご夫人が見かねて追い出すのも、無理はないな」


 きっとアガサ夫人は食堂から見ていて、じれったくて見ていられなくなったんだろう。私がアガサ夫人の立場だったとしたら、きっと同じようにしたと思う。


「……ありがとうございます。嬉しい、とても嬉しいです」


 私の左手首に光るブレスレット。綺麗でとても華奢なデザインのそれは、まだ子ども臭さの抜けない私には似合っていないのかもしれない。


 でも、これを私にと選んで贈ってくれた気持ちがなにより嬉しい。これが似合う大人になりたい、心の底からそう思う。


 私のお礼の言葉は小さくて、大勢の人たちの声や喧噪に飲まれてしまった。けれど、リアムさんの耳はちゃんと私の声を拾ってくれたようで……ぎゅっと手を握ってくれた。


 その手の力強さに、私の心はまたひとつ恋へ一歩踏み出してしまった気がする。






 ウェルース王国の首都ウェイイルにある大神殿。首都に複数ある神殿を取り纏める、最も大きな神殿。


 白い石造りで中央に大きな塔が建ち、その脇を左右対称の小ぶりな塔が並ぶ。中央塔の上には巨大な色ガラス窓があるのは、バザーでお邪魔した小さな教会とほぼほぼ同じ作りに見える。


 違うのはその規模だ。大神殿は全てが大きい。


 女神様を祀る場所は勿論、神官さんたちが暮らしているだろう場所も、孤児院の代わりの神学校も全てが巨大に出来ている。


 その大きな大神殿には最終日だというのに、大勢の人たちがすでに集まって来ていた。リアムさんが言うには、これでも人出は少ない方なのだそう。


 まるで初詣の有名神社みたいだ、と思った私を責める日本人はいないに違いない。きっと同じことを思うだろうし。


 人の流れに乗って私たちは大神殿の中に入り、白い花を咲かせたミラの木を捧げられた女神様の像にお祈りをした。


 大理石っぽい白い石で出来た女神様は、足元まである長い髪をしてギリシャ彫刻みたいなふんわりとしたドレスを身に纏って、後に大樹に育つ苗木を抱えた姿をしている。


 その女神様の像の手前には、一輪は小ぶりだけれど凄く沢山の白い花を咲かせたミラの木が供えられていた。


 皆がしているように、私も女神様の像にお祈りをした。


 女神様、お願いします。どうか、私に平穏で穏やかな生活を下さい。

 お願いします。

2,000,000PV越えました。

お読み下さった皆様、本当にありがとうございます!

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