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 お祭り二日目は、静まり返った寮の自室で目が覚めた。

 もう朝早い時間とは言えない時間だったので、寮で暮らしている人はもう出かけたんだろう……あ、いや、昨日は恋人さんの所にお泊まりだったのかもしれない。


 管理人さんご夫妻も娘さんご家族と一緒にきっともう出かけていて、この寮にいるのは私だけなんだろう。


 カーテンを引き、窓を開ければ冬の気配を感じさせる冷たい空気が部屋に流れ込んで来た。高い空と小さな雲はどことなくくすんだ色に見えて、晩秋らしい。


 今日は一日ゆっくりと過ごすつもりだ。


 部屋を片付けて掃除と洗濯をして、ゆっくり食事をして図書館で借りてきた旅行記を読む予定。

 旅行記は最近発売された、クレームス帝国の西端の街から帝国を横断しファンリン皇国をも横断して海を渡って東の島国を巡ったものだ。帝国や皇国だけではなく東の島国(ポニータ国という)も大まかな島は巡っているらしいので、読むのがとても楽しみだ。


 身支度を済ませて、私は予定通り部屋を片付けて掃除をし、一階にあるランドリールームで溜まっていた洗濯物を洗って乾かした。魔法で動く洗濯用ボックスは、洗って乾燥まで一気に仕上げてくれる。


 洗濯ボックスが動いている間に朝昼兼用ご飯を食べた。昨日食べきれなくてテイクアウトして貰ったミートパイと、レストランから寮へ帰って来る途中で買ったレーズンの入ったパン。


 誰も居ない寮は静まり返っていて、普段の賑やかさとのギャップが凄い。


 食堂で食事を済ませ、後片付けをしているとリリンッと郵便ベルが鳴った。

 郵便ベルは郵便配達人がポストに手紙を入れると鳴るシステムだけど、このお祭り中は郵便配達もお休みのはずだ。それでも配達されたということは、特別郵便物が届けられたということ。


 私は玄関から外に出て、ポストを覗いた。ここのポストは寮に暮らす人たちの兼用なので、かなり大きい。その中に入っていたのは全て私宛になっている三通の封筒だった。


 そのうちの二通は差出人から郵便業者を通さずに直接入れられたもの……そう、私への高貴な方からのお手紙だ。しかし、もう一通は郵便配達人がさっき配達してくれたものだ。


 しっかり郵便業社を通した証であるツバメのスタンプが封筒に押されている。しかも赤インク。


 郵便は基本的に料金前払い制で、日本で言う料金別納郵便にあたる。


 通常郵便は青黒インクでスタンプが押されて、休日やイベント時など郵便業社がお休みのときは配達されない。でも、お金を余分に払えばその限りではない。その場合は赤インクでスタンプが押されて、何があろうと最速で届けられる。


 寮の部屋に乾いた洗濯物を持って戻ってから、三通の郵便物を改めて確認した。二通はやたら上質な封筒でスタンプはなし、黒が濃い高価なインクを使っているから、最初に思った通り高貴なご令嬢様が書いて誰かに届けさせた、いつものお手紙。


 問題なのは、郵便物として正式に届いた三通目だ。


 これは庶民がよく使う中程度の紙を使った封筒で、青白い色に小さな青色の花の絵がワンポイントで描かれている。庶民の女性が好むもの、もしくは庶民の女性に宛てて選ばれるもの。


 住所や私の名前の書かれたインクは青黒インクで、こちらも庶民には一般的に広く使われているインク。封蝋などもない。


 封筒の隅っこに押された郵便業社のスタンプはツバメ模様なので、ここウェルース王国内で出されたもの。赤インクだから特別郵便物として料金が支払われた。


 書かれている文字は大きく、力強くやや角張っているから……おそらく男性が書いたものではないか?


 封筒から得られる情報はそんなものかな。


「……ほんと、誰?」


 勿論、封筒の表にも裏にも差出人の名前はない。


 ウェルース国内での知り合いはランダース商会の関係者と、リアムさんくらいしかいない。日本からこちらに私を召喚したフェスタ王国から私に手紙を送ってくる相手はいないし、フェスタ王国からの手紙ならスタンプはツバメではなくハヤブサのはずだ。


 因みにクレームス帝国の郵便スタンプはフクロウで、東の島国であるポニータ国はコウモリのマーク、ファンリン皇国はクジャク。国によって郵便スタンプマークが違うのだ。


 しかし、どんなに考えても差出人に全く心当たりが無い。


 ま、それを言ったら上質な便せんを使ったお手紙を沢山貰っているけども、送ってくるご令嬢の誰一人として私は知り合いではないのだけれど。


 洗濯物を畳みクローゼットに片付けて、お茶を煎れて一息入れてから……私は手紙を開封した。


 ご令嬢からのお手紙は予想通りの内容だった。クルトさんに纏わり付くのは止めろ、自分の立場をわきまえて行動しろ、この辺はもう定番だ。

 最近はランダース商会を辞めろ、この街から出て行けという内容も加わりつつあって……恐い。


 ご令嬢に絡まれることは、商会倉庫に突撃されて以来なくなっている。きっとお祭り開催期間中だから、私に直接どうこうする時間が彼女たちにないから止まっているんじゃないかと思う。


 実際、手紙の内容がエスカレートしている以上、お祭りが終わってその後始末が終われば……なにかされる可能性は高くなるんじゃないだろうか。


 二通の手紙を纏めて、いつもの手紙箱に放り込む。箱にぎっしり詰まった手紙を見れば、ため息も出てくる。


 これは本格的にランダース商会を辞めて、他の街へ移動して新しい仕事を探すことを考えなくちゃいけない気がする。私にはご令嬢や彼女たちの家と戦う力がない。出来ることは、その場から離れることだけだ。


 大きく息を吐いて、三通目の手紙を手に取る。少しざらついた紙の感触、ペーパーナイフもスッとは入らずにギザギザに切れる辺り、庶民用の封筒だと再認識する。


 中に入っているのは、封筒とセットになっている便せんが一枚。


 便せんを開いた、でもそこには何も書かれていない。ただの便せん、右下に青い花の絵が入っているだけ。


 一瞬、便せんが白く発光した……ように見えた。

 けれどなにも起きていないし、気のせいだったのかな?


「なに? あぶり出し的な?」


 レモン果汁で文字を書いて、火で炙ると浮き出るアレを思い出したけども、こっちの世界でそんなものがあるとは思えない。実際、文字もなにも浮かび上がっては来ない。

 裏も表も封筒の中身も確認したけれど、入っていたのは何も書かれていない便せん一枚。


「本気で、なんなの?」


 便せんを指でつまんでヒラヒラさせると、便せんから凄く良い香りがした……気がした。


 甘酸っぱいような、果物のような香り。


 顔を寄せてくんくん嗅いでみると、やっぱり僅かに良い香りがする。便せんに香り付けは理解出来るけど、文字が書いてないなんて意味が無い。


「……? これを特別郵便物で私に送るって、意味が分からないんだけど」


 ある意味不気味な手紙だ。でも、ご令嬢方からの手紙の方が百倍は不快だ。


 私は内容不明の手紙も手紙箱の中に放り込み、ベッドの下へと箱を押し込む。


 もう忘れよう。


 私には考えなくちゃいけないことが沢山ある。今から読む旅行記のことも、ランダース商会のことも、ご令嬢たちのことも、私のこの先のことも……明日のおでかけのことも。

お読み下さりありがとうございます。

来週の投稿に関しまして、投稿日を9月8日(木)の投稿とさせていただきます。

1日遅くなりますが、どうぞ宜しくお願い致します。

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