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三年に一度開催される女神様に、世界創造を感謝する白い花を捧げるお祭り〝白花祭り〟は三日間開催される。
初日の午前中に大神殿では花が咲き誇ったミラの木を女神様に捧げる儀式が執り行われ、次のお祭りで捧げられる若木が大神殿に植えられる。
儀式が終わった後は誰でも大神殿に入ってミラの木を見ることが出来て、大半の人がお祭り開催中に大神殿でお祈りを捧げるらしい。
白い花を咲かせたミラの木を捧げられた女神像にお祈りをすると、次のお祭りまでの三年間を幸せに平穏無事に過ごせるという言い伝えがあるそうだ。
初日にお祈りに向かう人が圧倒的に多いと聞いたので、初日を外してお祭り開催中に行ってみようと思う。
真剣に祈ったら、私みたいな複雑な立場にいる者にも女神様は御利益をくれるだろうか? いやでも、私をこの世界に召喚という名の誘拐で招いたのは女神様なのだから、超特大の御利益をくれてもいいと思う。
お祭り開催期間は三日間、一日目の私はランダース商会の出店するブースで白花モチーフのアクセサリーを売るお手伝いだ。
商会の職員だって三年に一度のお祭りには参加したい。でも、商会としてはこのビジネスチャンスを逃すワケにはいかない。その為、職員はこの三日間を交代制で仕事とお祭り参加を両立させている。三日間のうち、一日は仕事で残りの二日を休日にするのだ。
初日は大神殿にお祈りに行く人が多いと聞いていたから、初日に休日を希望する人が多いだろうと予想はしていたけど、予想以上に多かった。
特に若い女の子たちは恋人さんと一緒に、初日の大神殿にお祈りに行って「ふたりの生活が沢山幸せに満ちますように」とお祈りして、大神殿で販売される大樹をモチーフにした数量限定のお守りを買うのが鉄板なんだとか。
数量限定のお守りは大体お祭り初日で完売するらしくて、初日にお休みが欲しいって言う人を増やす要因になっているようだ。どこでも数量限定という言葉には人を惹き付ける魔力があるらしい。
私も一応は若い女の子の括りには入るけども、初日のこだわりはないしお守りも特にいらないし、一緒にお祈りする恋人もいないので初日に仕事を入れた。
まあ、初日の仕事を快諾したときに「本当にいいの? 初日だよ? お守り買えなくなっちゃうよ? いいの?」と何度も念を押された挙げ句、凄く可哀想な者を見る目で見られたことは納得いかない。
「ありがとうございました。良き一日を!」
私は淡い水色の化粧袋に入れたブローチを目の前にいる猫獣人さんに渡した。猫獣人さんはそれを笑顔で受け取ると、隣にいる恋人さんの腰を抱いてブースを離れて行く。
恋人さんの手には大神殿のお守りが握られていて、絵に描いたような幸せカップルだ。
ランダース商会の販売ブースには、ミラの白い花をデザインしたネックレス、ブローチ、耳飾り、ブレスレット等が並ぶ。どれも少し小ぶりだったり華奢なデザインで、色使いも落ち着いて普段使いに持って来いなデザインだ。
ブースを覗いてくれるのは圧倒的に若いカップル、その次に女の子ばかりのグループ。彼氏にアクセサリーを選んで貰ってプレゼントして貰ったり、皆でおそろいのアクセサリーを買いそろえたり……見覚えがある光景だ。
彼氏になにかを買って貰った経験はないけど、私も杏奈とお揃いでネックレスを買ったことがあったし、高校生の時は友達グループ全員でお揃いの文房具を買ったこともあった。
ここは世界が違う、女神様が本当にいて獣人やエルフ、ドワーフという多種族が生きていて、魔法があって、魔獣がいる。自動車や新幹線の代わりに馬車が走り、電話の代わりに魔法の手紙が飛んで行く。
でも、営まれる生活は共通する部分が多くあって……私はそれを見て実感する度に胸の奥が痛む。
きっと、私の中にある『帰りたい』という気持ちが震えるから。
「すみません、この耳飾りなんですけど……」
「はい、こちらですね。こちらは彫り込まれた模様が一品ごとに違っておりまして……気に入ったデザインのお品を選んで頂けますよ」
「本当! 少しずつデザインが違うなんて、迷っちゃう」
「そうだなぁ……」
こちらも幸せカップルの代表みたいなふたりだ。
私は胸の奥の痛みを無視して接客を続ける。幸せそうな若いカップル、楽しそうな女の子グループ、奥さんと娘さんに強請られて困ったけれど嬉しそうな旦那さん。
沢山の幸せを見ながら沢山のアクセサリーを売り捌き、私の売り子としての仕事は夕方に終了した。
想定以上に売上げがあったようで、初日の店仕舞いをしながらクルトさんが「特別賞与を出すよ!」と言っていて皆喜んだ。
販売ブースを片付けて、二日目に販売担当する職員さんに引き継ぎを済ませば完全に仕事は終わり。残りの二日間はお休みで、お祭りに参加するもよし、ゆっくり過ごすもよしだ。
お仕事が終わってそれぞれの伴侶や恋人さんが迎えに来たり、待ち合わせ場所に散っていく職場仲間たちを見送る。
ひとりになった私はゆっくりレストラン街へ足を向けた。グラハム主任にはひとりで行動するな、と言われてはいるけれど……どうにも出来ないことはある。
この三日間、寮では食事が出ないのだ。
管理人さんご夫婦はお祭りの間はお休みで、別の街で暮らす娘さんご夫婦とお孫さんが遊びに来ると聞いた。それじゃあ、仕事なんてしてる場合じゃないだろう。
寮の個室にキッチンはないので、自炊は出来ない。この三日間の食事は外食かテイクアウトに頼るしかないのだ。
幸いお祭り期間中の飲食店は朝早くから夜遅くまで営業しているし、店前でテイクアウトのお弁当やオードブルを販売している。
夕飯と明日の朝ご飯をササッと買って、急いで寮に帰ろう。
明日は一日部屋でゆっくり過ごして、最終日にリアムさんとお祭りを少し見て回る。うん、良い休日の過ごし方。
そうと決まれば、夕飯と明日の朝ご飯の調達だ。
朝はサンドイッチか調理パンみたいなものがいい、お茶を煎れたらすぐに食べられる。夕飯は……お肉かお魚か迷う。
レストラン街は大勢の人で賑わっていた。
幾つもの魔法ランプが空中に浮かんで、道にもテーブルと椅子が用意されて皆食事とお酒を楽しんでいる。呼び込みの声や皆のお喋りする声が響く。
「うーん」
肉の焼ける香ばしい香り、煮込まれたスープの優しい香りにお腹が鳴りそうだ。
夕飯、どうしよう? 本当に迷う。
ふらりふらりと店先で売られている物を物色しながらレストラン街を進んで行くと、腕をいきなり掴まれた。
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