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「申し訳ありません。私はクルト・ランダース氏とは特別な関係ではございません。ランダース商会という中で創業者一族の方と、契約従業員という関係でございます」
そう言って説明をする。過去何人ものご令嬢に同じ説明をして来た。
クルトさんと私は職場の仲間、という関係でしかない。番だなんて嘘だ。一緒に居るのも仕事だからで、プライベートな関係なんて一切ない。
けれど、その説明で納得してくれた人はひとりもいない。
「では、どうしてクルト様とアナタが番だという話しが聞こえて来るの? どうしてアナタがお兄様方に擦り寄っている、という話しが聞こえて来るの?」
「存じません」
私の方が教えて貰いたいくらいだ。番でもない人と番だと勝手に噂を流されて、知らないご令嬢に絡まれている私の方が被害者だと言いたいくらいだ。
「アナタに自覚がないだけではないの? 無自覚にクルト様やお兄様方に擦り寄って、ご迷惑を掛けているのではないの?」
「……は?」
クルトさんとは本社で時々会うけれど、仕事の話ししかしない。ご兄弟には会ったこともない。無自覚もクソもあるか!
そう思った瞬間、シュッと空気の流れる音がした。
私の目の前には白くて綺麗な扇が突き付けられている。いつも思うけれど、獣人さんの身体能力はとても高くて、私は全く太刀打ち出来ない。
力強さ、素早さは当然だけど、耳がよく聞こえるとか目がよく見えるとか……基本的な能力が段違い。
扇を突き付けられた時の衝撃で身分証明を下げていた革紐が切れたらしい、私の透明な身分証明になるペンダントトップが地面に落ちた。
それに手を伸ばして拾うと、握り込む。
「アナタ……それ」
お嬢様が一歩近付き、私に手を伸ばした瞬間だった。
「そこで何してるッ!」
「レイ!」
騒ぎを聞きつけたランダース商会の職員たちが集まって来る。
それを見て慌てた従者が、まだ私を睨み付けているご令嬢を引き摺るようにして乗って来た馬車の方に向かっているのをただただ見守る。
「おい、レイ! 大丈夫か? 怪我はないか?」
「誰か、そこの馬車止めろッ! 捕まえろ!」
「警邏隊に連絡してっ」
グラハム主任が私の顔を覗き込む。黒くてピンッと立っている耳がふにゃりと垂れてしまっている。
「だ、大丈夫です。怪我もないです」
「なんだ、あいつらは。知り合いか?」
「いえ、全然知らない初対面の人です」
グラハム主任に促されて事務所に入り、いつも使わせて貰っている机に付くとすかさず温かい紅茶とクッキーが出て来た。
「警邏隊が来るまで休んでろ。事情を聞かれるだろうからな」
主任の言葉に「分かりました」と返事をし、紅茶とクッキーをいただく。少し甘い紅茶とナッツが効いたクッキーがとても美味しい。
どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ?
獣人さん全員がそうだ、とは言わないけども……私の話を全然聞いてくれない人が一定数いる。
どうして、嘘の噂に踊らされちゃうんだろう?
どうして、事実確認をきちんとしないんだろう?
どうして、すぐ暴力に訴えるんだろう?
どうして? どうして?
考えたって仕方がない。でもつい考えてしまう。
思考の無限ループに嵌まり込んでいると、赤い立派な制服の警邏隊員が事務所に入って来た。全員が体の大きな犬獣人さんだ。
「……こちらはウェイイル警邏隊の者です。被害者のレイさんは?」
「あ、はい。私です」
席を立って入り口脇にある打合せスペースに向かう。
「改めまして、自分はウェイイル警邏隊第三部隊所属、ハリアーです。こちらは同じくリッグス」
「ランダース商会の契約社員をしております、レイです」
名刺を貰って、打合せスペースの椅子に座る。私の隣にはグラハム主任が腕組みをして座った……心強いけど凄い圧を感じる。
「突然貴族のご令嬢とその従者に絡まれた……というお話でしたが、かのご令嬢やその従者との面識は?」
「全くありません。名前も知りませんし、お顔を拝見したのも先程が初めてです」
「では、一方的に彼らがアナタを認知していたと」
「そういうことになります」
例のご令嬢はルシンダ・レッドラップ嬢、二十歳。レッドラップ伯爵家のご令嬢で、跡取り娘さん。
ご令嬢と一緒にいた従者はザカリー・ブルック。男爵家の三男だか四男だかで、親戚筋であるレッドラップ家の使用人として働いている。
警邏隊の隊員さんとの話しで分かったことは、彼らの名前と素性。そして、私に近付いたのは「現実を教えて、忠告したかった」という理由だったこと。
彼らの言う現実は現実ではないことをグラハム主任も一緒説明すると、警邏隊員たちは頭を抱えて「分かりました」と理解をしてくれた。
今後、ランダース商会本店周辺やこの倉庫周辺の巡回警備を強めてくれると約束してから彼らは帰っていった。
「……一応、商会からレッドラップ伯爵家には抗議文を出しておく」
「えっ……そんなことして大丈夫ですか?」
ランダース商会を経営しているランダース一家は平民。確か、ご長男が子爵家のお嬢様をお嫁さんに貰って、次男さんは歴史のある別商会のお嬢さんをお嫁さんに貰っていると聞いた。
着々と足場固めが進んでいるとは言っても、平民と貴族は違う(らしい)。貴族に抗議文なんて、困ったことになりそうで不安が募る。
「心配いらんよ。今回、レイには怪我もなにもない。ネックレスの革紐が切れただけだろう? だから、お宅のお嬢さんが暴走してるんで、ちゃんと管理して貰わないと困りますねって言うだけさ」
「でも……」
「うちの商会は貴族の取引も多い。取引を止められたら困るのは向こうさ、あのお嬢様の言う現実は現実じゃないんだしな。あ、革紐の代わりは後で俺が買ってやるから」
グラハム主任はそう言って私の頭をグリグリと撫でた。
本当に大丈夫なのかな? 革紐のことなんてどうでもいいけど、不安だ。
「まあ、しばらくひとりで行動するな。必ず複数人で行動しろよ」
主任の言葉にギクッとした。
なにかされる可能性はゼロじゃないんだ。だから、ひとりになるなと主任は言う。
私は「はい」としか返事のしようがなかった。
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