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この世界の郵便には二種類ある。
ひとつ目は魔術による手紙で、便せんに書かれた手紙や送りたい書類に風魔法を掛けると、その便せんや書類は小鳥のような姿になって相手の元へと飛んでいく。
とっても便利なもので、絶対に送りたい相手の所へ指定した日時に届く。ただし、相手の本名が分からないと届かないらしい。
ふたつ目は日本の郵便と同じ。手紙や書類を住所の記載された封筒に入れて郵便所で送料を支払うと、郵便車に乗せられて届けられる。
魔法が使えなくても届くし、遠ければ時間もお金も掛かるけれど同じ街の中なら比較的お安い値段で届く。
お安いとは言っても、街中でも一通二百ガルとか三百ガルとかかかる。
「……二十四通? 一通二百ガルだったとして、四千八百ガル? 郵便業者さんの儲けになるから、いいけど。無意味なことを」
私は昨晩寮の管理人さんから受け取った手紙の束を見て、ため息を付いた。
この世界で私に手紙を送ってくるような人はいない。
手紙を送ってくれるような人と言えば杏奈がいるけども、あの子には私が今どこにいるのか教えてないし、教える気もない。
どうせ手紙なんか出しても、杏奈の手元には届かないだろうし、手紙を出したことで杏奈の旦那サマの一族が私がまだ杏奈に付きまとってる、とか勘違いして攻撃してきたらたまらない。だから、少し寂しいけど連絡はしない。
毎日二十から三十通近く来るこのお手紙は、差出人不明。
全てがやたら良質なレターセットなので、貴族令嬢の皆様からなんだろうと推察している。
内容は私に対する非難、お説教、警告。
全てが〝商会職員のレイはクルト・ランダースの番〟という噂から来るお手紙だ。
最初は身を引け位だった内容も、クルトさんのふたりいるお兄さんに言い寄っているとか、ランダース商会本店の入り浸って好き放題やっているとか、パーティーに妻面してやって来ては他国の商人や貴族と懇意にしているとか……どんどんグレードアップして来ている。
一体どこからこの噂は流れて来ているんだろう?
流れているのは、一部貴族の間だけというのも気になる所だ。他の商会や取引先、従業員たちの間ではほとんど噂は流れていないし、耳に入れた人も全く信じていない。
商会本店では事務所で仕事をしているし、個人宅で開催されるパーティーでは通訳として参加しているだけ(ドレスじゃなくて仕事用のスーツ着てるし)、クルトさんのふたりいると言うお兄さんには会ったこともない。
私がどんなに否定しても私とは関係のない所で、尾鰭に背鰭、胸鰭まで付けて噂は流れていっている。
私は手紙を紙紐で束に纏めて、日付を書いた紙を挟んで箱に詰めた。捨てるのは簡単だけれど、なにかの証拠になるかもしれないので捨てないでいる。
箱の中は手紙の束でいっぱいだ。部屋に置ききれなくなったら、グラハム主任に頼んで商会倉庫の隅っこに箱を置かせて貰えないだろうか。
そう思いながら、そんなに手紙が届くのもイヤだなと心底思った。
中身の手紙のせいで重たくなった箱をベッドの下へ押し込むと、私は寮の部屋を出て仕事に向かう。
気になることは沢山あるけども、自分の仕事はきちんとこなさなければ。仕事中は余分なことを考えずに済むし、周囲に商会の人たちがいるから安心出来る。
不安がなくなることは、ないけれど。
ランダース商会の管理する倉庫に次から次へと荷物が運び込まれる。今日の荷物はクレームス帝国から輸入されたものだ。
美しいガラス細工や装飾品、食器類、緻密な模様が織り込まれた絨毯やタペストリーなどが今回の主な輸入品であるようだ。
月末に開催される〝白花祭り〟用だろう、白い花をモチーフにしたブローチやブレスレット、ペンダントトップなどの装飾品、ガラス細工なども入荷している。
私はコチラの購入リストと帝国側からの納品リストとを照らし合わせて、数量と品を確認。
取り扱い説明書なども受け取り、その中身を確認する。
取り扱いの難しいガラス製品や食器類は、すでに扱いに慣れた職員がいるのでそう心配はしていない。
今回の品の中で大変そうなのは、絨毯やタペストリーだ。羊毛から作られた色とりどりの糸を織って作られたそれは、虫食いやカビの発生、日焼けによる色落ちなどが心配になる。
防虫用のハーブ類を用意し、風通しの良い冷暗所で保管。店頭での販売は難しいので、小さなサンプルを用意してそれを確認した後、倉庫で本物をお客様には確認して貰うのがいいだろうか?
この辺はグラハム主任と相談して決めて行かなくては。まずは適切な管理保管方法を確認する。
「レイ、荷物の搬入は大丈夫か?」
「はい、数量共に問題ありません。主任、後で絨毯とタペストリーの保管方法について相談させて下さい」
「分かった。後で倉庫事務所に行くから、保管方法を確認しておいてくれ」
「了解です」
今回帝国から入った品の取り扱い説明書を全て纏めると、私は別の倉庫に入って行った主任を見送ってから倉庫事務所に向かった。
倉庫事務所はランダース商会倉庫の敷地出入り口のすぐ側にあって、他の商会の人や小売店の人がやって来る受付も兼ねている。
彼らの乗ってきた鳥車や馬車なども近くに駐車してあって、なかなかに賑やかい。
従業員専用出入り口に向かうと、倉庫では見慣れない色鮮やかな色が目に入った。美しい光沢のグリーンのドレス、そのドレスに合わせたゴールドとエメラルドの装飾品。
金色に近い髪色に蜂蜜色の瞳が印象的な、高貴な生まれのご令嬢。そして、付き従う年若い従者。
嫌な予感がした。
ここは高貴なご令嬢が来る所じゃない。なのに、ここに居ると言うのがおかしい。
「アナタがレイとか言う、ヒト?」
声には苛立ちと怒りが含まれていて、私は心の中で「またか」とため息をついた。
「クルト様の付きまとってご迷惑を掛けるだけでなく、最近はお兄様方にも付きまとっているとか。本当に、恥知らずなニンゲンだわ」
ご令嬢はお綺麗な顔を歪ませて、私を視線で殺さんばかりに睨んで来た。
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