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寄付された品が並ぶテーブルの上にはブックカバーやペンケースなどが並び、その横には小さな飾りのついた髪留めや髪紐、耳飾りなどの日常使いの出来る装飾品と続く。
「……」
小さな花を複数組み合わせたヘアピン、青の濃い薄いで変化が付けてあって綺麗だった。青色のもの、紫色のもの、赤色のものと並んでいて、まるで紫陽花みたいなデザインは日本をどこか思い出させる。
お値段は教会のお祭りに出されている品、としては少しお高めだ。でも、クオリティには見合う値段設定な感じがした。
この世界で女性は髪を長くするのが普通で、腰辺りまで伸ばす人が多い。どちらかと言えば、長ければ長い方が美しいとされる傾向にあるみたい。
女性で髪を短くするのは、女神様に生涯仕えると決めた神官さんと、重い犯罪を犯した人だけのようだ。神官さんは肩口までのボブヘアに、犯罪を犯した人はベリーショートにするからすぐに分かるらしい。
私はショートボブ、この世界にしたら信じられないくらい髪が短いヘアスタイルで召喚されたから、当時はいつも男の子に間違えられた。
ひとりで旅をするなら、男の子だと思われた方が安全かと短くし続けようと思ったけれど……今の所は伸ばしている。商会にいるのなら男の子のふりは必要ないし、この世界の常識から外れて髪を短くするのは、私を女だと知っている周囲の人たちに違和感や不信感を与えてしまうだろうから。
商会から離れてひとりになって、短い髪になった方がいいと判断した時に切ればいいのだ。長い髪から短い髪にするのは簡単だもの。
そうこうしているうちに髪はほどほどに伸びて、結んだりピン止めする程度になっている。だから、ヘアピンを買う意味はあるのだ。前髪を留めておけば仕事のときに気にならないし、私だって可愛いものや綺麗なものは好きだ。
「……これを頼む」
青色の紫陽花風ヘアピンを示し、リアムさんはあっという間に会計を済ませてしまう。商品をリアムさんが受け取ると、次は自分たちの順番とばかりに後ろにいた猫獣人らしいカップルが耳飾りと首飾りのセットを選び始めてしまい、その場を離れざるを得なくなった。
教会の中庭は休憩スペースとして開放されていて、椅子やテーブルがセットされていたり、芝生の上に敷くマットも用意されていた。
バザーで買ったお菓子や軽食をそこで食べることが出来るようだ。
リアムさんに誘導され、中庭にある大きな木の側にあったテーブルに付く。先程買ったお菓子を広げられて、温かいお茶のサービスも受ける。
水玉模様の青い紙袋に入れられたヘアピンを、リアムさんは私に差し出した。
「……どうして?」
買って貰う理由がない。私はリアムさんの番じゃないし、今日は誕生日などの記念日でもないし、お祝いして貰うこともない。
「キミの黒い髪にとても似合うと思ったし、キミ自身も欲しいと思っただろう?」
「それは……」
「今日の記念に、これを受け取って欲しい」
教会のお祭りで扱う品としては高い方だけれど、一般的なアクセサリーとしては決して高価なお値段じゃない。お友達の誕生日プレゼントとして贈っても、なんの問題にもならない程度だろう。
「レイ、どうか」
「…………あ、りがとう、ございます。大事にします」
差し出された可愛らしい袋を受け取って、中身を取り出す。青い紫陽花風のデザインはやっぱり可愛くて、凄く嬉しい。
デザインを愛でて楽しんだ後は、ヘアピンで前髪を纏めた。前髪が落ちてくることもなく、視界はすっきりだ。
「似合っている。とても似合うよ」
向かいの椅子に座るリアムさんはそう言って、尻尾を大きく一度左右に振った。
「……お世辞でも嬉しいです」
長くなってきたとは言っても、私の髪はまだ短い。手入れだってそうしている方じゃないから、美しいとは言えない。だから、可愛いアイテムが似合うだなんてお世辞なんだってすぐに分かる。
「お世辞なんかじゃない、俺は似合うと思う」
リアムさんがふわりと笑って、お菓子を勧めて来る。勧められるまま、貝の形をした焼き菓子と果物のジャムが乗ったクッキーを分け合って食べた。
その間ずっとリアムさんは笑顔で私の相手をしてくれる。
本当にマズイ。
私の砕け散った乙女心というか、恋心のようなものが少しずつまた集まって来ているのを感じている。
リアムさんがどんどん私の心に入り込んで来る。
恋なんてしても、意味ないのに。
恋なんてしても、先はないのに。
分かっているのに、私は、恋をしようとしている。
「今月末の休み、なにか予定があるだろうか?」
「いえ、特にはなにも」
お菓子を食べお茶を飲み終わる頃、休みの予定を聞かれた。ドキッとまた心臓が大きく跳ねる。
「なら、〝白花祭り〟に一緒に出かけないか?」
「シラハナ、まつり?」
「知らないか? 三年に一度開催される、女神へ感謝と白い花を捧げる祭だ」
〝白花祭り〟は女神様にこの世界を創造して下さったことを感謝するもの。大聖堂で白い花を沢山咲かせるミラの若木を三年かけて育てて、花を沢山咲かせたミラの木を白いお花を好む女神様に捧げる儀式をする、のだとリアムさんから聞いた。
大聖堂で行われる儀式は神官長、王族、貴族の限られた人が参加して行うので、一般庶民は見学することも出来ない。けれども大聖堂のある街には大通りに屋台のような簡易販売ブースが沢山出て、各お店もお祭り用の商品を沢山用意し、大道芸や劇団や吟遊詩人なんかもやって来てとても賑わうらしい。
その時はみんな白い花や白い花をモチーフにしたアクセサリーを身に着けて、美味しいものを飲んで食べて、歌って踊って楽しむんだと。
「一緒に行こう、きっと楽しい」
これ以上私の心に入り込んで来ないで欲しい。
これ以上、私の心を満たさないで欲しい。
この気持ちをまた砕かれてなくしたら、そう思うと恐い。
凄く恐い。きっと今度は立ち直れない。
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