閑話06 マリウス・ベイトの心配
商業ギルドに書類を提出して軽い打合せを済ませると、相変わらず尻尾の様子がおかしな守衛くんが近付いて来た。
制服の首元を着崩して、勤務中は必ず付けているギルドバッジが制服からなくなっているのを見るに、彼は本日の勤務が終わったらしい。
「すまない、待たせた」
「いいえ、こっちも丁度終わった所だから。じゃあ、レイちゃん」
ロビーの隅っこに移動すると、レイちゃんは紙袋を守衛くんに差し出した。
「あの、先日は……本当にありがとうございました。これ、良かったら使って下さい」
再び守衛くんは目をカッと見開き、紙袋に手を出そうとして、止まった。
「だ、だが……俺はそんなつもりで……」
見返りが欲しくてやったことじゃない、それは分かってる。衝動的に動いたことだろうし、結果的にレイちゃんが助かったことで彼は満足しているから。
「迷惑でないなら、貰ってあげてくれない? 助けて貰ったことを本当に感謝してる、それ以上に含まれてることなんてないから」
ここでレイちゃんの気持ちの籠もった行動を否定されては、せっかく良い方向に変わり始めたこの子にまた新しい傷を付けてしまうことになる。そんなことは許さない。
「……ありがとう、気を遣わせてしまったな」
「とんでもないです」
無事にレイちゃんの選んだ贈り物は、贈りたいと思った相手の手に渡った。僕はホッと胸を撫で下ろす、これがレイちゃんにとって良い変化が続く切っ掛けになってくれたらいい。
「じゃあ、お邪魔しました」
任務を全うし安心したレイちゃんの顔には血の気が戻って来て、笑顔が浮かぶ。守衛くんに軽く頭を下げ、ロビーから立ち去ろうとしたレイちゃん。僕も後に続こうとした時、「きゃっ」と小さな悲鳴があがった。
「あ……っと、すまない。その……」
レイちゃんの腕を守衛くんが掴んで、引き留めていた。
「はい?」
「その、えっ……この後、時間はあるか?」
「え?」
「良ければ、夕飯を、どうだろうか……?」
レイちゃんは戸惑って、僕の顔を見上げる。本気でどうしたらいいのか分からない様子だ。
一方の守衛くんは必死の様子、必死過ぎて顔が恐くなっている……にも相変わらず左右に振れては堪えて小刻みに震える尻尾、耳まで小さく動いている。
「良いじゃない、お夕飯くらい行ってらっしゃいよ。これも何かのエン、でしょう? 大丈夫、商業ギルドに雇って貰えてるってことは、この人の身元がしっかりしてる証拠だから」
そう助け船を出せば、レイちゃんは少し考えてから首を小さく縦に振った。
「守衛くん、言いたいことがあるんなら今のうちよ? レイちゃんが戻って来るまで、そう時間はないんだから」
ギルドのお手洗いに行ったレイちゃんを待ちながら、僕は守衛くんの物言いたげな視線に晒されていた。言いたいことがあるなら、さっさと言えば良いのに!
「……おまえとあの子は、どういう関係だ?」
「言ったじゃない、妹みたいに思ってるって。大事な仕事仲間でもあるね」
「恋人、ではないのか?」
「僕にはちゃんと愛する番がいます! 婚姻式も身内でちゃんとやっています! 可愛い可愛い伴侶が、ふたりの愛の巣でお夕飯を作って待っててくれてます! レイちゃんは妹分、信頼してるし家族のように思ってるの。僕らの間に親愛はあっても、性愛は存在しないの」
傷付いてるレイちゃんの心はまだ癒えてない、本人はその傷を治すつもりもないらしい。
時間が癒してくれる、とは思う。でも時間にだけ任せていては、レイちゃんがお婆ちゃんになってしまう可能性が高い。
諦めてしまう気持ちも、期待することに関して臆病になる気持ちも分かる。それでも、出来ることなら大事な人を作ることに、怯えないで欲しいし諦めないで欲しいと思う。
「守衛くん、お願いがあるんだけど」
「?」
「レイちゃんはさ、ここに来るまでの間に辛い思いを沢山してるの。傷付いてるし、正直に言って獣人不信だし男性不信。理由は僕からは話せない。けどあの子に落ち度はないってことだけは言っておくね」
「……」
守衛くんは僕の言葉を聞くと、予想以上にシュンとして耳も尻尾も垂れてしまった。
「僕にはこの国のこの街に来ないかって、あの子を誘った責任がある。だから、あの子を傷付けたりしないで。泣かせないで、苦しい思いも辛い思いもさせないで。楽しい思いを沢山させて、傷ひとつ付けずに家まで送ってちょうだい」
「おまえがあの子を大事に思って、ある種の責任を負っていることも分かった。だが、そんな大切な子をどうして俺に託す? そんなに心配なら、おまえが大事にするといいだろう。家族なんだろう?」
「あのね、僕自身は確かにレイちゃんを妹みたいに大事に思ってるよ。でも、僕には番がいるの。僕の人生で一番大事な子は番であって、レイちゃんじゃない。いつまでも、ずっとあの子の側にいて心配して手助けすることは出来ないの。兄と妹は大人になったら離れるもの。だから、あの子を託せる男が必要なの。僕が認めた、あの子を生涯大事にしてくれる男がね」
「……それが、俺だと?」
さっきまでションボリしていた耳と尻尾が元気になっている。
僕が、キミを認めたとでも思ってるわけ? 気の早い勘違い野郎だね。
レイちゃん自身が、お礼をしたいっていう気持ちにさせた相手だから、取りあえず食事に誘っても良いよって言っただけなのに。
まだ、候補者のひとりでしかないよ!
「さあ?」
「なっ……」
「お待たせしました」
丁度良いタイミングでレイちゃんが戻って来て、僕たちは揃って商業ギルドの建物を出た。
そのまま食堂街へ行く道と住宅街へ行く道で別れる。
この行動が、どうか、レイちゃんにとって良い方向に向かいますように。
女神様、どうか、こちらに呼び寄せたレイちゃんに沢山の幸せを贈ってあげて下さい。
どうか、どうか、お願いします。
お読み下さりありがとうございます。




