閑話05 マリウス・ベイトの心配
「あれ、レイちゃん。誰かに贈り物?」
閉店間際、事務系の裏方であるレイちゃんはもう仕事が終わった時間。いつもなら裏の従業員出入り口から帰宅しているのに、彼女の姿が店にあった。
「あ、マリウスさん、お疲れ様です」
「はい、お疲れ様。珍しい、贈り物なんて…………誰に贈るの?」
レイちゃんの手には最近仕入れた柔らかな肌触りのタオル、薄い青と白の柄物と薄黄色のものが二枚。更に男性向けに仕入れたレモンミントの清涼感の強い石鹸。
選んでいる品や色合いからしても、男性に向けての贈り物にしか見えない。けれど、レイちゃんが男性に贈り物というのがしっくり来ない。
この世界に来てからのレイちゃんは、心ない一部の男どもから酷い仕打ちを受けて来てやや男性不信だ。私やバーニー、主任や店のスタッフとは問題なく話しをしているし、お昼ご飯を一緒に食べたりもしているけども……仕事の仲間という関係を逸脱したりはしない。
買ったお菓子を分け合ったりはしても、贈り物を贈るような関係にある男なんていないと思っていたのに。
「え……あの、守衛さんに」
「守衛さん? あ、ああ! レイちゃんを守ってくれたあの人ね!」
「お礼なんていらないって言われたんですけど、やっぱり……あの時怪我ひとつなくて済んだのは、リアムさんのお陰ですから。その、お礼をって思って」
「……それで、タオルと石鹸を選んだのね。良いチョイスだと思うわ、タオルも石鹸もみんな使う物だもの」
レイちゃんは「はい」と言って、ミントがたっぷり使われた石鹸も手に取ると、会計コーナーに行きプレゼントとしての包装をお願いする。
驚いた。本当に驚いた。
この世界の住人に対して、どこか一線を引いているレイちゃんが、寄りにも寄って獣人の男に対して理由があるのだとしても贈り物をするだなんて!
これはきっと良い傾向なんだと思う。
簡易ながら、贈り物として包まれた品を受け取るとレイちゃんは僕の所に戻って来た。
「今から渡しに行くの?」
「そのつもり、ですけど……商業ギルドの守衛さんって、お仕事何時に終わるんですかね?」
「守衛だから、交代制でしょうね。あの狼獣人くんの勤務体制は分からないから、ギルドに行ってみるしかないね」
「ううっ……」
ササッと行って、ササッと渡して、ササッと帰りたいのかな? 困ったように眉を下げる。
「大丈夫、商業ギルドなら提出する書類があるから、僕が一緒に行ってあげる」
そう言うと、あからさまに表情を明るくするのが可愛らしい。ここに来てから随分と明るく話すようになったし、表情も優しく豊かになった。
出会った頃は痩せて顔色は青白っぽくて、口調も硬く周囲の者に警戒しまくっていてニコリともしなかった。
きっと、今のレイちゃんが本来の姿だったんだと思う。
「ちょっと待ってて」
急いで事務所に入ると、商業ギルドへ提出するように纏めてあった書類を手に店に戻り、少し緊張気味のレイちゃんと一緒に商業ギルドへと向かった。
ランダース商会本店から商業ギルドウェイイル支店は歩いても数分、かなり近い。言われてみれば、件の狼獣人リアムくんがギルドの正面入り口で立ち番をしていたのを思い出すことが出来た。
商業ギルドが警備・守衛担当者として雇い入れているということは、彼の身元がハッキリとしていて親族全てが犯罪歴もなにもないことを証明している。ひとまずは安心だ。
「マリウスさん」
「ん? どうしたの」
レイちゃんは足を止めて贈り物の入った紙袋を抱え、顔色を青に変えている。
「いらないって突き返されちゃったら、どうしよう」
なんとも可愛い心配をしていて、つい僕はレイちゃんにハグをしてしまった。その小さな背中を落ち着くように摩ってあげる。
「大丈夫、心配いらないから。大丈夫、大丈夫」
「マリウスさん」
「…………おい、一体何をしている」
そこに降って来たのは、不機嫌丸出しの僕とレイちゃんの親愛スキンシップを邪魔する言葉だった。遅かれ早かれ来るだろうとは思っていたけど、予想よりもずっと早い。
「何って、安心させていただけ」
「おまえの行動が不安にさせていたのではないのか、道ばたで突然抱きしめるなど」
「この子は僕にとって大事な妹なの、家族なの。それに、この子を不安にさせたのは僕じゃなくて、キミだから」
「……俺?」
ワケが分からない、という顔をするリアムという狼獣人は丁度立ち番だったようで、商業ギルドの正門に長い警邏棒を持って立っていた。
「キミに用事があったんだけども、少し時間貰えるかしら? ほら、レイちゃん」
まだ顔色が回復していないレイちゃんの背中を軽く押すと、リアムくんは目をカッと見開いてレイちゃんを視界に入れた。
「……後十分程で交代になる、その後でもいいか?」
「は、はい」
「じゃあ、中で仕事を済ませちゃいましょ。レイちゃんも外で待ってると危ないから、中に入りましょう」
レイちゃんを促して商業ギルド正門を潜る。
ロビーに入りながらチラリと正門を振り返れば、守衛くんの大きな尻尾は左右に揺れ……それを堪えようと小さく震えて、でも堪えきれずに大きく揺れるを繰り返していた。
尻尾だけは、感情に引き摺られて堪えきれない時がある。自分の言うことを全く聞かなくなるのだ。
同じ獣人として、同情と苦笑しか浮かばなかった。
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