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 私が今暮らしているのはランダース商会が所有している社員寮、商会所有の敷地の中に建っているアパートのような所。管理人さんご夫婦が住み込んでいて、寮への出入りは魔法で管理されてるから寮の中は安全だろう。


 仕事中も商会本店の事務部屋か、商会所有の倉庫だから商会の誰かがいてひとりになることはない。安全だと言っても問題ない。


 問題なのは……お昼の休憩時間、仕事後に寮へ戻るまでの時間、休日、この辺になるかな。

 ひとりきりの時、お嬢様のお家に雇われたコワイ感じの人たちに襲われたら? 


「どうしたのレイちゃん、顔色悪いよ? いろいろあって疲れてるだろうから、ちゃんとお休み取らなきゃ駄目だからね」


 アンさんからお釣りを受け取ると「うん」と返事をして、店を出た。

 ここからランダース商会本店までは、通りを真っ直ぐ五分ほど歩けば到着する。


 私は頭の中に生まれたネガティブな想像を振り払うように、大股で本店に向かって歩き出した。

 大丈夫、大丈夫。周囲に人が沢山いる、こんな人が多い所で私をどうこうしようなんて普通はあり得ない。


 大丈夫、大丈夫と頭の中で繰り返し繰り返し呟きながら、足を動かす。

 いつもならすぐに辿り着く本店が妙に遠い。


「あ、レイちゃーん! お帰りなさい」


 本店が見えて来た所で、マリウスさんが手を振ってくれているのが見えた。いつもの大きな三角耳に大きな尻尾、優しい笑顔にちょっと女性的な話し方。


 私はホッと息を吐いて手と振り返した。


「マリウスさん!」


 ドンッと左肩から背中を押される。


 ランダース商会本店があるのは、王都に張り巡らされた道でもかなり大きな主要道路で、ダチョウのような鳥が引く乗り合い車や個人所有の馬車なども走っている。


 私は馬車や乗り合い車の走る車道へと、体を押し出された。

 ハッとした時には大型の乗り合い車が目の前まで走って来ていて、御者のお爺さんが慌てているのが見えた。


「……っ」


「レイちゃんっ!」


 マリウスさんの声が遠くから聞こえて、周囲から悲鳴が響き、目の前に大きなダチョウみたいな鳥が二羽迫る。


 私は二羽の大型の鳥に跳ね飛ばされ、石畳の車道に叩き付けられて、さらに鳥の大きな足と鳥が引いている客車に踏みつけられて、死ぬ…………

 衝撃に備えて体を固くし、目をギュッと閉じた。


 なのに、大きな力に翻弄された感覚があっただけで、痛みはやって来ない。

 目を開けて、驚く。

 私の体はいつの間にか歩道に引き戻され、大きななにかに抱き込まれていた。


「レイちゃん、レイちゃんっ! 大丈夫、怪我はない!?」


「う……うん」


「良かった。なんなのあの男、ぶつかっておいて謝罪もしないなんて、本当に失礼しちゃう! 下手したら命に関わるような大怪我したかもしれないっていうのに! 乗り合い車は大丈夫だったのかしら? 確認してくるから待っててね」


 駆けつけてくれたらしいマリウスさんはプリプリと怒りながら、急停車した乗り合い車の確認に向かった。その姿を見送ってから、私は私を背後から抱き込む相手を見上げる。


 黒と灰色の混じった毛並み、透き通るような青い瞳、ピンッと伸びた耳……犬? 狼? すらりと背が高く、鋭い印象を受ける獣人さんだ。どこかの制服を着ているけど、どこかの警備員か警邏隊の人だろうか?


「その、大丈夫か? 怪我はないように見えるが」


「ありがとう、ございます。大丈夫です」


 まだ心臓は破裂しそうなくらいドキドキしてるし、声も震えてるけども……怪我はない。


「そうか、良かった」


 獣人さんは私を抱き込む腕に一度だけ力を入れて、その後解放してくれたけれど私の足は自分の体を支えることが出来ず、大きく震えた。体に力が入らない。


「あっ」


「おっと……!」


 獣人さんは再度私を支えてくれた。


「恐い思いをして体も心も驚いてるからだ、心配ない。落ち着いたら元に戻る」


「……す、みません」


「気にするな」


 大きな事故になりそうだったけれど、結局なにも起きなかったことを知った周囲の野次馬たちはいなくなり、街の警邏隊が到着して状況把握と整理が始まる。


「レイちゃん、本当に無事で良かった! 乗り合い車の方も大丈夫だったわよ、御者さんも乗っていたお客さんも、ドドム鳥もね」


 マリウスさんが戻って来て、抱えられたままの私の手を取った。


「こちらのお兄さんが助けてくれたから、大丈夫」


「……この子は大事な子なの、助けて下さってありがとうございます。宜しければお名前をお教え下さい、後ほどランダース商会としてお礼に伺います」


「いや、大したことはしていないから、礼などいらない。怪我がなくて本当に良かった」


 普通ならランダース商会の名前を出してお礼をする、と言われれば飛びつくのに……獣人さんはお礼はいらないと言う。遠慮深い人だ。


「私はレイと言います」


「……レイ、さん」


「はい、呼び捨てでいいですよ」


 名前を呼んでくれたので、返事をすれば獣人さんは僅かに顔を背けたけれど尻尾は左右に揺れていた。


「俺はリアム。リアム・ガルシア、見ての通り狼の獣人だ。今は守衛をしている」


「守衛さん?」


 聞けばリアムさんはついひと月前、このウェイイルにやって来たばかり。今はランダース商会本店のすぐ近くにある、商業ギルドの守衛さんをしているとのこと。鮮やかな紺色の制服は商業ギルド所属の守衛、警備担当者が着るものらしい。


「俺は人を守るのが仕事だ。だから気にしなくていい」


 リアムさんはそう言って笑った。その笑顔を見たら、胸の奥の方がキュッとして……自分で自分に驚いた。


 なんだろう、私の中の乙女な気持ちは粉々に壊れて死んでしまったはずなのに、ほんの少しだけどそういう気持ちが反応しているみたい。


 いや、でも、気のせいだ。


 リアムさんにはリアムさんの番がいる、彼は私の番じゃない。だって、ここは外国……ウェルース王国なんだから。


 私に恋のご縁はないのだから。

お読み下さりありがとうございます。

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