表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/122

25

 私は動物が好きだ。犬も猫も小鳥も好きだし、将来ペットと一緒に暮らせたらいいな、とか思ってたりもした。

 だからなのか、獣人さんの容姿にはやや絆されやすいと自覚はしている。


 ピクピクと音に反応して動く耳、感情を表現する尻尾は見ていて飽きない。ついうっかり触りたくなってしまう衝動を抑え込んでいる。


 なんせ、耳や尻尾に触れて良いのは幼い頃は両親と兄弟のみ、長じてからは伴侶のみ。友人関係だから触っていい部分じゃない。


 でも、見ているだけで満足だ。愛らしい。


 薄茶色の毛並みを持ったゴールデンレトリバーが、尻尾を大きく振って自分に飛びついてくる、そういうイメージ。犬好きにはたまらない。


 だから、人懐っこく接してくるクルトさんに対して、つい色々頼みごとを聞いてしまっていた。商談やパーティーに通訳として同行したし、手紙の代筆、クルトさんの買い付けにも同行した。

 私にとってそれは業務の一環だ、仕事だからする。


 断ってもいい仕事を引き受けてしまっていたのは、人懐こい笑顔で「頼まれてくれるか?」と言われて断れなかっただけ。ノーと言えない日本人だっただけだ。

 そこに特別な感情はない。


「レイちゃん。キミがさ、僕の番だ! ………………って言えたら良かったのに」


 そう、クルトさんはよく冗談を言う。あくまで冗談だ。

 クルトさんは私の番じゃない。私はこの国、ウェルース王国に召喚されてない。私の番はフェスタ王国の獣人なのだ(見捨てられてるけど)

 クルトさんの番はこの国のどこかにいるはずで、私じゃない。


 ウェルース王国で獣人さんが番と出会える確率は、五割を切るくらいだと聞いた。だから、番とか関係なく恋愛結婚する人も結構いる。


 でも、そもそも私自身がそんなつもりはない。


 私を呼び出したあの国であった様々な出来事は、私の中から年頃の女の子らしい恋心を粉砕していた。恋だの愛だの、私には縁のないことだと認識している。

 私の中にあるのは、敬愛とか親愛のみ。恋愛とはご縁がない。


 ウェルース王国の首都・ウェイイルにやって来て、ランダース商会と契約している通訳・翻訳家として仕事をこなして十ヶ月。この世界に来て一年と半年、私はグラハム主任やマリウスさん、本店勤務のスタッフさんたちに囲まれ、忙しくも充実した社会人生活を送っている。

 一部の困ったことを除いて。



 今私が困っていることは、私を『クルトさんの番だ』と認識して突撃して来る獣人さんがいることだ。


 目の前で騒いでいるお嬢さんで何人目になるだろう。全員が年若い上流階級のお嬢さんばかりだ。

 貴族のご令嬢は勿論、お医者さんや法律家のお嬢さん、他の商会のお嬢さんなどなど。


「ですから、私は彼を番だと認めておりません」


 クルトさんだって認めてないはずなのに、なぜか彼女たちはみんな私をクルトさんの番だと決めつけて文句を言いに来る。どうして?


「どうしてアナタみたいな人がッ!」


 だから聞いてよ、私の話を。


 大きな声がカフェの店内に響き、他のお客様たちの目が更に集まっているのが分かる。


「お話はランダース家に対して、お嬢様のお父上からお嬢様のお気持ちをお伝えするのが宜しいかと思います。私自身は仕事をする仲間としか認識しておりませんので」


「なんなのよっ! 私がクルト様と番ったら、アナタなんて速効クビにしてこの街から追い出してやるんだからっ! ワタクシにはそれが出来るのだから!」


 散々騒いで叫んだお嬢様は顔を真っ赤にして、そう叫ぶと美しいローズピンクのドレスを翻し、後ろに控えていたメイドさんを連れてカフェから出て行った。


 途端に店内の空気が緩み、大半の視線がなくなる。


「……ねえ、レイちゃん。さっきのお嬢様、誰?」


 カフェの店員をしている白兎の獣人のアンさんとは時々お話する程度には顔見知りだ。


「さあ、知らない人なんだよね。最近、そういう人が増えて困ってる」


「ちょっとよくない傾向じゃない? クルトさんの番相手の話って、最近噂でよく流れてるらしいよ。ランダース商会の本店じゃなくて、南店の方で婚約式の準備をしてるとかって聞くもの」


「え、そうなんだ」


 ランダース商会はこの王都に三店舗お店を出しているけども、私はいつも本店勤務だから南店と東店のことはよく分からない。


「うん。お花の大量発注があったとか、お酒や果物なんかも沢山買い付けてるとかね」


「へえ、でもお相手は絶対私じゃないよ? アンさん、お会計お願いします」


「はいはーい」


 茶色のエプロンと薄茶色の毛に覆われた長い耳を揺らしながら、アンさんは会計処理をしてくれる。とっても可愛らしい。


 にしても、アンさんの言う通りで今月に入ってから知らないお嬢様に絡まれる確率が上がってる。今はまだ昼間で、休憩中や休みの日に出かけた先で文句を言われるくらいだ。


 けど、それが徐々にエスカレートして行ったとしたら?

 お嬢様たちの背後にある、経済力や権力のあるお家が出て来たとしたら?


 守ってくれる家族も番もなく、なんの縁故もない外国人の私がどうやって身を守るんだろう。


 身を守る術なんて……持ってない。


 私は魔法なんて使えないし、戦う技術もない。暴力や誘拐などの犯罪に巻き込まれたときには、抗うことが出来ない。


 それに気が付いた瞬間、体に悪寒が走って冷たい汗がドッとでた。


 私は、今どういう状況にいるんだろう?

1,000,000PV越えました! 大勢の皆様に読んで頂けて嬉しい限りです。

本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ