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港街リントを出発したランダース商会の商隊は、二頭引きの荷馬車が三台に商会の商人と護衛の人たちという中規模商隊。整備された主要陸路を街から街へと移動して行く。
国の管理している道は石畳が敷かれていて、メートルごとに街灯まで立っている。街灯は夜の道を照らすことは当然だけれど、モンスターを寄せ付けないための魔道具でもあるらしい。
絶対とは言い切れないけれど、大半のモンスターは主要街道の近くには寄ってこない。だから、比較的安全に旅が出来るとのこと。
個人でモンスター避けの魔道具(ペンダントやブローチの形にすることが多いらしい)を持って、主要街道を行けば安全を確保出来る。でもまあ、モンスターに対してだけなので強盗とか盗賊に対する危険は危険のまま。
やはり世間知らずの私がひとりで旅をするのは、なかなかハードルが高そうだ。このハードルを少しずつでも下げていくのが、今後の課題と言えよう。
商隊は街から街へと街へと、積み荷を入れ替えながら進んで行く。ランダース商会の支店のある街は当然だけれど、支店がなくても商会が品を卸すお店は沢山ある。
大きな街から小さな村まで、商隊は進む。
美しい湖の畔にある村や、古代遺跡の中に作られた街、深い森の中で巨木の上に作られた村、巨大な地下空間に作られた村などをまわった。
見た事のない景色、特産物、食べ物、生き物。その全てが私に〝ここは異世界だよ〟と現実を突き付けて来る旅路だった。
私を呼び出した国を出て、国から離れれば離れるほど言葉は変化して行って、私の翻訳と通訳としての仕事は劇的に増えた。
商隊が田舎や僻地の村に行けば行くほど、私は重宝がられた。
この世界の基本言語は私が呼ばれた国の言葉で、英語のような存在。でも、フランス語、中国語、日本語、ポルトガル語などのように国や地域によって言葉は違う。どこでも英語が通用する訳じゃないように、基本言語を話したり書けたりする人ばかりじゃない。言葉の壁のせいで商売が成り立たないのは、確かに勿体ないことだ。
それと平行して、お茶やお米の管理・販売方法を主任やマリウスさんたちと相談し、美味しい食べ方飲み方をまとめて試食や実演販売を提案してみたりした。
想像していた以上に忙しくなったけれど、私はその心地よい忙しさに酔った。
忙しく働き、商会の人たちから頼りにされることで、自分の中にある不安や家族に会いたいという叶わない希望について感じたり考えたりする隙が無くなるから。
夜、宿屋の部屋でひとりボンヤリしていると、得も言われぬ不安感が心の中から溢れて、涙が零れてしまうことがある。恐くて、悲しくて、どうしたら良いのか分からなくなって、不安で溢れた心は引きちぎれるようになる。
でも、忙しくしていればそんな気持ちで心がいっぱいになることもない。
隣国の首都にあるという、ランダース商会本店まで半年ほどかかると聞いていた。けれど、私という通訳が存在していた為、普段は寄らない街や村だったり、長くひとつの街に滞在したりと……八ヶ月ほどの時間をかけて本店のある街にまでやって来た。
ウェルース王国の首都・ウェイイル、山頂に雪化粧をした大きな山を背負って、巨大な城壁に囲まれた街。
この国の王族は犬獣人で、暮らしている人たちも犬獣人が一番多いのだそう。
旅の途中で知ったことだけど、国によって暮らす種族に偏りがあるそうだ。私を呼んだ国は虎獣人が王族で、猫系獣人が比較的多い国らしい。
北にある雪国は熊獣人さんが多くて、森林地帯にある国は鹿獣人、砂漠にある国は蛇獣人、海底にある国は鯱獣人と暮らす地域によって違いがある。言われてみれば、その自然環境に適した人たちが暮らすっていうのは普通のことだ。
ちなみに、私が気になっている東の島国に暮らす獣人さんたちは、ハムスターやネズミなんかの小さな齧歯類系獣人が多いらしい。想像するになんだか可愛らしくて、ますます行くのが楽しみになった。
人三人分くらいは厚みがありそうな城壁を抜けて、ウェイイルの街中へと入った。街は全体的にクリーム色に統一されていて、街路樹の緑と王家の旗色であるモスグリーンのタペストリーが鮮やかに浮かんで見える。
聞いていた通り犬系獣人さんが大勢いて、毛並みの色が多いからなんだかとっても賑やかな感じだ。
「まずは商会本店用の倉庫に行くから。レイちゃん、そんなに顔出したら危ないよ」
マリウスさんは馬車の荷台から顔を出して、田舎者丸出しでキョロキョロする私を見て笑った。
「凄い、都会なんですねぇ」
「……都会っていうなら、レイちゃんが暮らしてた街の方が大きくて都会なんだけどね?」
私を呼んだ国、フェスタ王国の王都ファトル。私はマリウスさんやグラハム主任と会った商店街しか知らないけど、王都は女神様の大樹とその森が一番近い街だから、街は大きく人が多くて都会なんだって。
この街からも大樹は見えるけども、凄く小さく見える。遠くにほんのり金色と緑色が混じったような光りが見える、程度。
どうせだったら、大樹くらいは近くで見てくればよかったかもしれない。ついでに、女神様に文句のひとつも言ってくればよかった。
私を望んでくれる獣人さんがいないんだったら、私をこの世界に呼ばないで欲しかった。元の世界に帰して欲しいって。
「あれが、商会の倉庫。荷物の数量チェックをしながら卸したら、ご飯食べに行こうか。その後、商会の寮に案内するからね」
商会の荷馬車はふたつ並んだ倉庫の前に止まった。倉庫の壁には〝ランダース商会〟の名が入っている。
荷馬車から降りると、荷物の到着を待っていたらしい荷運び人や商会の人たちが集まって来て、仕事が始まる。
「マリウス、お疲れさん! 今回はいつもは回れない所にも行って来られたんだって?」
「ええ、そうなの。この子のお陰」
マリウスさんに腕を引かれ、倉庫の前で待っていた人の前に立たされる。薄い茶色の毛に垂れた耳、濃い茶色の優しげな瞳……薄い色の毛並みのゴールデンレトリバーを連想する犬獣人さん。
「レイちゃんよ、どこの国のどの地域の言葉も話せるし、書けるしで、本当に助かったわ」
「連絡は受けてるよ、僕はクルト。ランダース商会の三男坊だ、これから宜しく。レイちゃん」
「……宜しくお願いします」
ゴールデンレトリバーらしい、人懐っこい笑顔とお手とばかりに差し出された手を私は取った。とても大きくて、温かい手だった。
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