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テーブルの上に並んだ五冊の本は全て違う言語で書かれているけれど、内容は同じように見えた。異世界から番を召喚する力を持った女神様に関する物語。
女神様の物語については、日本昔話のような立ち位置にあるようで、この手の物語を子どもたちは読み聞かせられて育つらしい。
「……? この本がどうかしたんですか」
「レイちゃん、この本見てどう思う?」
「どうって、全部同じ内容ですよね。書かれている言葉が違うだけで。一番右はこの国の言葉、その隣は内海を挟んだ先にある国、その隣とそのまた隣は分からないけども。一番端っこは東の島国の言葉です」
多分もっと国は細かく存在しているし、言語も多岐に渡っていると思うけれども……大まかに言語は五、六種類の体系に別れている。
この世界に来るとき異世界から呼ばれた私は女神様の加護っぽいものを貰っているので、話すこと読むこと書くことに苦労しない。だから、言葉の壁などない。
「やっぱり」
「どうしたんですか?」
マリウスさんは大きく息を吐くと、一冊の本の上に手をポンッと置いた。
「あのね、レイちゃん。アナタ、女神様からどんな祝福を貰ったの?」
女神様の祝福と言えば、杏奈が植物を早く元気に育てられる力を貰ったというアレだ。私はなにも貰えなかったという、アレ。
「…………いえ、あの、私はなにもそう言ったものは貰えなくてですね」
「違うわ! レイちゃんは知らないのだろうけどもね、異世界人が読み書きに困らないのは、呼ばれた国の言語だけなのよ」
「え?」
「本当なら、レイちゃんはこの本に書いてあることしか読めないはずなのよ」
マリウスさんの手がこの国の言葉で書かれた本をポンポンと叩いた。
「……え?」
「なのに、アナタは全部の本が読めるんでしょう? 多分、聞き取りも話すことも書くことも問題なく出来たりするんでしょう?」
首を縦に振ると、マリウスさんは笑った。
「レイちゃんが女神様から貰った祝福は、この世界のどこにいても言語に全く困らないこと、だったのよ」
ああ、そういう、ことだったのか。
異世界人は呼ばれた国の言語しか理解出来ない。それはその国の獣人さんと伴侶になって、その国で生きて行くのだから他国の言語が理解出来なくても問題にならないのだ。
私は特に勉強しなくてもどこの国の言葉も読んで書いて、話すことが出来る。これが女神様の祝福だったのだ。
なんだ、なにも貰えなかったわけじゃないのか。ただ、誰も気が付いてなかっただけなのか。
あのマーティン・フォーも分からなかっただけなのだ、自分が分からなかっただけなのに私に対して「相応しい祝福を貰えなかった」とか見当違いなことを言ってただけなのだ。
それが分かっただけでも、ホッとした。
それにこの世界のどこに行っても言葉の壁に苦労しないなんて、とても良いことだ。意思疎通がどこの誰とでも出来る、理解することも交渉することも出来る。
「マリウスさん、ありがとうございます」
「なあに、突然」
「私、なんの祝福も貰えてないと思っていたんです。それに、どこに行っても言葉に困らないなんて、凄く嬉しい。それを教えてくれてありがとうございます」
私は頭を下げた。本当にありがたいことだ。
「……レイちゃんが自分の祝福に気が付けたのなら、よかったわ。それで、ここからが本題よ」
「本題?」
「ええ、私たち商会と一緒に行きましょうって話しよ」
そこに着地するの? 私は商会の仕事なんて何も出来ない。荷運びするには力が無いし、商品の善し悪しを見抜く審美眼もない。商隊の一員に混ぜて貰うのなら、私がお金を払うべき立場になるだろう。
「レイちゃんはどこの国の言葉も読めるし、書けるし、話せる。だったら、翻訳や通訳をお願いしたいの」
「……翻訳、通訳」
「そう、王宮でも似たような仕事していたんでしょう? それに、商会に遊びに来てくれたとき米の説明書を読んで、訳してくれたでしょう? そういうことをして欲しいし、東の国の食材や品で分かる物があれば教えて欲しい。レイちゃんの故郷と東の国は似た所があるんでしょう」
パチンッとマリウスさんがウインクして笑った。大きな三角の耳、ふんわりと大きな尻尾が揺れてカッコイイよりは可愛い印象。
「……私でも、務まりますか?」
「勿論。それにどんな仕事でも最初から一人前なんてあり得ないでしょ、経験を積んで徐々に出来ることは増えて行くものなの」
だから、商隊で翻訳や通訳の仕事をしながら一緒に行こうと改めて申し出てくれた。
私は日本にいたときだってひとりで旅行なんて経験がない、家族や友達と一緒だった。ひとり旅なんて初めてで初心者中の初心者だ。モンスターや盗賊のこともある。命の危険もある旅をひとりでなんて、確かに無謀だ。
マリウスさんたちと一緒に行く方がいい。旅の経験を積んで、それからひとりであちこち旅しても遅くない。
だって、私には迎えに来てくれる番はいないんだから。この世界での人生の送り方は自分で決めていいのだ。
「……マリウスさん」
「はい」
「私も商隊と一緒に連れて行って下さいませんか? 翻訳と通訳、頑張ります。お米が売れるように、色々考えますから」
「勿論、こちらからもお願いするわ。取りあえず、この国の都市を数カ所回ってランダーズ商会本店まで一緒に行きましょう。半年はかかるから、承知しといてね。そこから先のことは、その時になったら考えるってことで」
私はその場で正式にランダース商会と契約を結び、一週間後にこの街から旅立つことになった。
私を呼び出した、この街から。
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