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 マリウスさんやバーニーさんたちがこの街にいるのは今月中。私が彼らから情報を得られるのは、もう一ヶ月ない。


 時間は有効に使わなければ。


 トマス氏と異世界課の課長には、今月で王宮勤めを辞めたいと申し出た。


 異世界課に就職してから翻訳して欲しい、と頼まれていた書類や資料、本の類いの翻訳はほとんど終わっている。現在は私が異世界から持ち込んだ本(大学図書館で借りた童話集。やばい、返せない)を訳している最中。


 課長は良くも悪くも異世界のことにしか興味が無いので、童話集の翻訳が終われば別に構わないってスタンスだったけれど、トマス氏はとても慌てた。


 トマス氏だって、今王宮中で流れている私の噂に関して知っているはずなのに。居心地が最高に悪い環境にいるって分かっているはずなのに、どうして私が王宮での仕事を辞めて、寮から出て行くことに慌てるのかが不思議だった。


 そこからは毎日トマス氏やトマス氏の部下さんから、考え直してくれとなんども説得を受けた。職場や寮の環境改善は勿論、噂の関しても収束するように対処すると言われた。


 別に職場や寮に関して不満があったわけじゃないし、もう噂に関してはどうにもならないくらい広がっているし、ここを出ると決めてからは前ほど気にならなくなった。


 食事はお金を節約ため、出来るだけ食堂でとることにした。相変わらず遠巻きにされているし、噂話しという悪口も絶妙に私に聞こえる声量で言われてて居心地が悪い。食事の味もあまりない。


 でも、私はもう出て行くのだと思えば耐えられた。


 寮の部屋にある私物も少しずつ処分した。と言っても、大した物はもともとないし、お布団や枕なんかは支給品だからそのまま置いておけばいい。

 旅に持って行ける物だけを残して、処分して行く。


 休みの日はランダース商会に顔を出し、お米の食べ方を色々とレクチャーしては料理のレシピを作って渡した。レシピが分かれば、売り方も考えられるだろう。


 私が炊いたお米でおにぎりを作れば、お店で働く皆さんから「美味しい!」と言って貰えた。嬉しい。


 東の島国の言葉で書かれたメモ(普通に読めたけど日本語かな?)を翻訳してあげたりもした。その代わり他の街や国の話しを聞いて、書籍なんかも見せて貰ったりした。


 ついでにと言うわけじゃないけども、ランダース商会で扱っている商品の中から旅にぴったりなリュック型の鞄、雨や風を防ぐフード付きのポンチョ、長距離を歩いても大丈夫な編み上げブーツなど必要だと思われる品を購入した。


「……ねえ、レイちゃん」


 マリウスさんたちがこの街にいる時間が残り一週間ほどになって、おそらく会えるのは最後になるだろう休日。いつものようにランダース商会に顔を出して、世界地図を見せて貰っていた。


 この地図を見せて貰えるのも今日が最後かと思うと、目に焼き付けておきたい。


「なんですか?」


「グラハム主任が言ってたんだけど、旅支度をしてるんだって?」


「はい、そうなんです。マリウスさんたちに出会ってから色々あって、私もいっぱい考えたんですよ。で、私は王宮に居たら駄目なんだなって、そう思ったんです」


「でも、王宮を出てこの街で新しい仕事探して暮らして行くだけでもいいんじゃないの? 旅支度をしてるってことは、最低でもこの街を出るつもりなんでしょう」


 勿論それも考えた、考えなかったわけじゃない。

 私を取り巻く環境の中で、居心地が悪いのは王宮の内部だけだ。噂を流し、それを好きなように書き換えて話題にしているのは下級の王宮で働く職員がメインだから。

 王宮で働くのをやめて、この街でなにか仕事を見付けて部屋を借りて生活すれば環境は改善される。


 でも、私はこの街を出て、色んな国の色んな街を見て東の島国に行くつもりでいる。

 本や地図で調べて、おそらく日本と中国が混じったような文化だと分かったけど、やっぱり自分で行ってみなくちゃ分からない。


 暮らすかどうかは決めていないけど、一度は行くのだ。


「はい、そのつもりです。もしどこか別の街で会えたらいいですね」


 他の街にあるランダース商会の支店には、絶対買い物で寄るつもりだ。お世話になった商会に出来ることは、買い物をするだけだから。


「…………はあ、もう。いつ言い出してくれるのかなって期待してたんだけど、駄目ね」


「どうしたんですか?」


 地図を見ている私の正面に座ると、マリウスさんは地図をササッと片付けて顔を覗き込んで来た。


「どうして一緒に連れてってって、言い出してくれないの」


「……ええええええ?!」


「だってそうでしょう? この街を出るって支度してるのは買い物してるの見てれば分かるし、話してたらおおよそこの辺りで出発するなっていうのも検討がつくの。僕たちと同じくらいに出発するつもりなんでしょう? なのに、なにも言ってこないなんて」


 マリウスさんはフーッと大きく息を吐いた。


「グラハム主任も心配してたわ。いつ一緒にって言ってくれるんだろう、誰か言われてないかって」


「え……でも、私は」


 私はランダース商会の人間じゃないし、一緒に連れてってなんて言っていい立場じゃない。


「あのね、レイちゃん。この世界のこと一生懸命勉強してたのは知ってるけどね、実際王宮以外の世界を見たこともないあなたがいきなりひとりであちこち旅して回れるほど、この世界は甘くないの」


 マリウスさんはこの世界の旅は安全ではない、と教えてくれた。モンスターが出て人が襲われたり、盗賊も普通にいるそうだ。

 日本で旅行するような、そんな気分でいた私は呆然としながら現実を教えて貰い、落ち込んだ。


「だから、僕たちと一緒に行こう? 絶対安全、とは言えないけども何年も僕たちは支店を巡って移動してるから、慣れてるしね」


「でも、私、なにも出来ませんし」


「……それなんだけどね、少し確認させて?」


 そう言って、テーブルの上に数冊の本が並べられた。

お読み下さりありがとうございます。

沢山の方に読んで頂けて本当にありがたく思っております、感謝です。

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