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 商会の従業員仮眠室を出て、従業員の出入り口からお店側に抜けた。

 そこは麻袋に入った豆や乾燥した果物、塩、砂糖などが所狭しと並んでいた。グラム単位で量り売りをしているらしい。


「ここは乾物を扱ってる所よ、左側に行くと瓶詰めや缶詰商品とかが並ぶの。店の二階は工芸品や書籍、三階は宝飾品なんかの高級品を扱ってるのよ」


「……沢山の種類を扱ってるんですね」


 どうやらランダース商会は食品から宝飾品まで、雑多に扱っているみたいだ。食料品や衣料品に特化してるというわけじゃないみたいだけど、主力商品なんだろうと思う。


「そうね、でも一番多いのは食料品かしら。豆とか小麦とかお茶とかね、地域によって種類が沢山あるから面白いよねぇ」


 商品を眺めつつ、豆と小麦粉を買っているウサギ獣人のお姉さんの邪魔をしないように店から出た。お店には数人のお客様がいて、店員さんと相談しながら楽しげにお買い物をしている。活気があって、素敵なお店だ。


「なにか気になる品はあった?」


「えっ…………あれ?」


 促されて見回した中で気になった物があった。豆とか小麦粉とか、見覚えがある商品の中でも私の目を引いたのは米っぽいものが店の隅の置かれていたから。


 この世界の文化は西洋っぽい感じが七割、アラブのようなもの三割くらいで混じっている感じで、主食はパン。ロールパンのようなものとか、ナンみたいな平たいパンもある世界。

 それなのに、お米?


「お米、あるんですね」


「えっ! レイちゃん、コメを知ってるの?!」


「……はい、私の国ではお米が主食なので」


 そう言うとマリウスさんは耳と尻尾をピピーンッとたてて、私の顔を真正面に覗き込んだ。その顔は真剣だ。


「じゃあ、コメの食べ方を知ってるよね!?」


「母国での、食べ方で、よかったら」


「教えて!」 


 物凄い勢いで言われて、私はただ首を縦に振るしかなかった。そんなに知りたかったのかな。


「よかった。コメって東の島国でとれる穀物なのよ。でも、いまいち食べ方が良く分からなかったのよね」


「今まではどうやって食べていたんですか?」


「お湯に入れて、煮る」


「お湯はどれくらいの量で、お米はどのくらい入れて?」


「お湯は大鍋に七部くらい、お米はあの測り用のお椀に一杯分」


 大鍋はどのくらいの大きさなのかよく分からないけれど、お米の量に対してお湯が多すぎるように思う。


「それは、多分、お米が蕩けたお湯が出来上がったのでは?」


「そうなの、白く濁ったお湯? 飲むとちょっとだけ甘い感じのするお湯」


 薄い重湯を作り上げたらしい。お腹には優しいだろうけど、お米の美味しさは理解出来ないだろう。


「分かりました、来週のお休みにお邪魔していいですか? お米の炊き方をお教えします」


「ありがとう、レイちゃん! 準備しておくものはある?」


 一階部分にある食料品を細かに見せて貰って、お肉のしぐれ煮っぽいものと魚の干物を用意して貰うように頼んだ。

 お米には友が必要だし、おにぎりにも具が必要。


「来週が楽しみ! あ、王宮の寮にくらしてるのよね、門限は大丈夫?」


 時間は夕方の六時くらいになっている、門限は夜の八時だから今から夕飯を買って帰れば問題ない。食堂で食べればお金はかからないけど、針のむしろに座る食事は一食でも少ないほうがいい。


「はい、八時までに戻ればいいので。夕飯買って帰ります」


「じゃあ、送るね」


「え、大丈夫ですよ」


 ここから王宮までは大きな通りで一本道。王宮のお膝元だからか、警備担当の騎士も巡回している。この国で一番治安が良い街だ、ってマーティン氏は言っていた。


「駄目。確かにこの街は治安がいいけどね、女の子がこれから夜になろうって言うのにひとりで歩くものじゃないの」


 マリウスさんのふわふわの尻尾が、私の背中をぽすぽすっと叩いた。見上げれば愛嬌のある笑顔があった。


「……ありがとうございます」


「わー、待って待って!」


 店からお暇しようとした瞬間、店の奥からバーニーさんが転がるように出て来た。


「まって、レイちゃん! ごめんね、いろいろ」


「……いえ、気にしないで下さい。獣人さんの番に対する思いっていうのが、私が考えてる以上にずっと重要なものなんだっていうのを知ることが出来ましたから」


 自分が獣人の番だとずっと言われ続けて、何組も獣人とその番が添っていくのを見た。でも、自分にそれが起こらなかったから、番という存在についてどこか軽く見ていたのかもしれない。


「そう言って貰えると助かるけど。これ、お詫びの品。遠慮なく受け取って?」


 白地に花模様で可愛いけども、しっかりランダース商会の名の入った紙袋を渡された。戸惑っていると、マリウスさんからも「受け取って」と言われてしまう。


「中、見てもいいですか?」


「勿論だよ。気に入ってくれるといいけど」


 中身は紅茶にハーブをブレンドしたっぽい茶葉、綺麗なグラスで作られたキャンドル、色んな味の入ってるっぽいキャンディーの袋。


「……ありがとうございます。こんなに沢山」


 こんな風にプレゼントを貰うのは、この世界に来て初めてだ。品も嬉しかったけど、私を気遣ってくれる気持ちが嬉しかった。




 その後、マリウスさんとバーニーさんのふたりのお勧め夕食を露店で買って、そのまま王宮前まで送って貰った。何度も振り返って手を振ったり、会釈をしたりしてしまって……彼らの帰宅を遅くしてしまった。


 申し訳ないやら嬉しいやら、むずむずしたような気持ちで王宮の敷地内を寮に向かって歩いて行くと「レイ殿が……」という声が聞こえ、一気に体温が下がった。


「ふぅん、あのお嬢さんがねぇ」


「ま、上手くやったんじゃないか? フォー家にとってもさ」


 私は慌てて柱の陰に隠れ、息を殺した。

お読み下さりありがとうございます!

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