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目を開けると知らない室内がそこにあった。
「……えっ」
慌てて体を起こすと、シンプルな部屋に置かれたシンプルなベッドに寝かされていた。部屋は八畳くらいで、ベッドとテーブルと椅子、鏡台しかない。
「あ、レイちゃん! 目が覚めたのね、大丈夫? 気分悪いとか目が回るとかない? ここは僕たちが勤めてる商会の従業員仮眠室、変な場所じゃないから安心して」
半分開いていたドアからお茶セットを持って入って来たのは、商店街でジュースを飲んで話しをした狐獣人の……確かマリウスさんだ。ちょっとオネエっぽい優しい口調が印象的だ。
そうだ、確か、彼らと話しているうちにまた気分が悪くなったのを覚えてる。倒れた……んだろう。
「大丈夫です。すみません、ご迷惑お掛けしました」
「いいのいいの、気にしないで」
ベッドから抜け出そうとすると、マリウスさんが私の靴を揃えてくれた。でもって、テーブルにセットされていた椅子を引いて、ここに座るように促して来る。
「こっちこそごめんなさい。レイちゃんの気持ちを無視するようなことこっちが言ったから、ショック受けちゃったよね」
少し大きめのマグカップにお茶が注がれた。ミルクティーらしいそれは温かな湯気を上げて、甘い香りがする。
「異世界から家族を引き離されて、番とも出会えてない女の子に押し付ける意見じゃなかったの。本当にごめんね」
「……え……女の子って……」
私の髪は短くて、服だってパンツスタイルでこっちの世界の人たちから見たら男の子にしか見えないはずなのに。
「お医者さんにね、診て貰ったの。大丈夫、ヨボヨボのおじいちゃんだし、服脱がしたりとかしてないから。でも、痩せすぎだって言ってたよ? ご飯、食べてる?」
一応食べてはいる、食堂で食べるご飯は味がしないから沢山は食べてない。少し痩せたかな、とは思ってたけど……お医者さんに痩せすぎって言われるほど、かな。
薦められてミルクティーを口に運ぶと、甘くて優しい味がした。
「ちゃんと食べて、眠らなくちゃだよ。環境が合わないんだったら、変えなくちゃね」
「……でも」
「でも、じゃないよ。向こうの世界には、自己管理って言葉はないの?」
「あります」
「体調管理は一番大切な所なの」
「…………はい」
全く以て反論出来ない。
俯いた私の頭をマリウスさんが優しく撫でた。
「レイちゃん、この街を離れようかって気持ちに変わりはない?」
私は俯いたまま、首を縦に振った。
「ここを出てどこに行くとか、どうやってお金を稼いでいくとか、考えてある?」
首を横に振る。
この街を出ようとは思った、その為の第一歩としてギルドに口座を作ってお金を預けた。まだそこの段階で、具体的にどこの街に行くとかお金の稼ぎ方なんていうのはまだ考えていない。
「僕たちは、ランダース商会っていう商会で働いてる商人なの。本拠地は隣の国の首都にあって、今は本拠地を中心に海外も含めて支店が六つ。僕たちは品を買い付けて、各支店をぐるぐる回って卸して行ってるの」
商会で売る品物の買い付けと輸送を担う部門に所属してるって感じだろうか。私の中ではシルクロードを行く旅商人っていうイメージだ。
「この街にはまだ来たばっかりで、今月中は滞在する予定でね。良かったら、お休みの日は商会に遊びに来ない?」
「……遊びに?」
「そう」
マリウスさんはニッコリと笑った。細めの目が笑うと閉じちゃうけど、愛嬌のある笑顔だ。
「ここに来るまでの間に色々な品を仕入れて来てるの、食料品とか工芸品とか本とかね。見て、触れてみない? レイちゃんはこっちに来て、王宮でしか生活してないよね。この国のこの街の極一部しか見てない、そんなの勿体ない」
「勿体ない?」
「そう! 色々あるのよ、この世界にはね。勿論レイちゃんの生まれた世界にはこっちにない凄いものが沢山あったと思うよ」
例えばパソコンやスマホなんかの精密機械に、洗濯機や電子レンジなんかの家電、車も新幹線もバスもこっちにはない。
科学に代わるように、こっちには魔法があって不思議な生き物がいる。
手紙を一瞬で相手に飛ばしたり、洗濯やお皿洗いをする家事魔法、荷台に人を乗せてそれを引く大きなトカゲやダチョウのような大きな鳥がいる。
「でもこっちにしかないものも沢山あるの。品だけじゃなくて、景色とか生き物とかもね。どこへ行くのか、どうしたいのか……それを決める材料になるものがここにはあるから。見てみない?」
私はミルクティーを飲み、首を縦に振った。
そう、私はもう子どもじゃない。頼れるのは自分だけ。自分の面倒は自分で見なければいけない。
この商会でここではない街について、食料品や工芸品なんかを見せて貰いながら知ることは、私にとってはプラスでしかない。マイナスになることはない。
私が考えた今後の生活パターン、その二。
他の都市に移動し(国を移動するのも可)新しい場所で新しい仕事を見付ける。
これの実現にはどんな国のどんな街がいいか、私が王宮を出て出来る仕事はなにかを具体的に決める必要がある。それには判断材料が必要。
それにマリウスさんやグラハムさんたちは私に対して、普通に接してくれてる。一緒に飲んだジュースやお茶にはちゃんと味がある。
「……宜しく、お願いします」
私はマリウスさんに頭を下げた。
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