閑話04 マリウス・ベイトの心配
まるっと一日休日という素敵な日を過ごすのに、上司と同僚と一緒っていうのは結構なハズレ具合だと思う。
でも、この国の王都に入ってからは運び込んだ荷の管理に追われて、王都の市場や店を見て回る時間も休暇も取れてなかった。
だから、強面のグラハム主任と少々気弱なバーニーと久方ぶりの休日の過ごし方が揃ってしまったことは、まあ、仕方が無いかと諦めた。
王都で一番大きな市場のある通りに向かい、なんとなく主任とバーニーの位置を確認し、この王都を出発するときに仕入れていく物を物色する。
僕たちは商人だから、新しかったり珍しかったりする品が気になるし、その土地特有の品も気になる。だから、それぞれ下見の下見くらいのつもりで見て回った。
様々な品の露店が並び、大勢の多種多様な人たちが行き交い、威勢の良い声が飛び、商品とお金がやり取りされる。
そんな中で異世界人であるレイくんと出会えたことは、奇跡に近いことだと思う。
この世界に招かれた異世界人。
番に迎えに来て貰えなかった異世界人。
今までに聞いたことがない。僕たち獣人にとって、番は大切な大切な存在。世界中のどこかにいる番を探し出すことは、悲願と言っていい。
だから異世界から番を迎えられる者は運がいい。女神様から「貴方に番となる人を授けます」って啓示を受けて、迎えに行けば出会えるんだから。
国中を探して回らなくても、最愛に出会えるんだから。
なのに、それを無視するなんて主任じゃないけど、とても信じられない。
でも事実、今ベッドで青白い顔をして眠っているレイくんには、番がいない。何度その現実を見ても、信じられない。
「精神的なものからきたものだろうから、体は大丈夫だ。ちょっと痩せすぎてるがな」
「そう、それなら良かった」
懇意にしている老医師のサムソン爺さんは僕の顔をみて大きく息を吐いた。
「良いもんかね」
「え、だって、大丈夫なんでしょう?」
「精神的に追い詰められている者の辛さは、目に見えない分手遅れになりがちだ。なにかが変だと周囲が気付く頃には、もう手の施しようがないほど心が傷付いておるもんだ」
「……レイくんも、そうなの?」
「このお嬢ちゃん自身、追い詰められているつもりはないのだろうが」
お嬢ちゃん? えっと、お嬢ちゃん? レイくんが? 髪は短くて、白いシャツに濃紺のズボン姿のレイくんが?
「えっと……レイくんは、レイちゃん、なの?」
そう言うと、年老いたとは言えサムソン爺さんのイノシシ獣人らしい素早く力強いチョップが僕の頭に炸裂した。耳と耳の間から真っ二つに体が割れたんじゃないかってくらい、強い衝撃があったように感じられた。
実際は割れてなかったけど。
「馬鹿者、この子は異世界人だろうに。異世界では女子は髪を長く伸ばすべし、という風習など無いのだということを忘れたのか?」
「あ、ああー」
そうだった、異世界人は服装や髪型に決まりがなくて自由にしているものだった。だから、女の子でも髪が短い子もいるのが普通。
「そっか、女の子だったのか。そっか」
「まだ年若い女子が突然家族や友人と生木を裂くように引き離され、護り愛してくれる番もおらず、心ない噂を広められているのだろう? 辛いに決まっておる」
サムソン爺さんはレイちゃんの首元までしっかりと毛布をかけ直すと、心を穏やかにするハーブティーやアロマなどを薦めるようにとメモをくれた。
「我ら獣人の望みをこの子に押し付けるようなことをしたり、言ったりせんでやってくれ。今のこの子に必要なのは、穏やかな生活と栄養のある食事だ」
サムソン爺さんを見送って従業員仮眠室へ戻ろうとすると、バーニーが耳をぺたんこにして仮眠室の前をうろうろしていた。
「どしたの、レイちゃんならまだ眠ってるよ?」
「……俺のせいで、具合悪くなったんだろう。だから、その」
バーニーの大きな背中をぽんぽん叩いて、落ち着くように促してやった。耳も尻尾もしょんぼり項垂れてる。
「まあ、気持ちは分かるんだよ……分かるよ。でも、レイちゃんの置かれてる立場とか、気持ちとかそっちを優先してあげなくちゃだよね?」
小さく頷いて、バーニーは半分ほど開いたままの扉から室内を覗き込む。まだ、レイちゃんが目覚める気配はない。でも数時間もすれば起きるはずだ。
「サムソン爺さんから、レイちゃんにハーブティーとかアロマとか……気持ちを落ち着かせるようなものを薦めるように言われてるんだけ……ど」
「探してくる」
バーニーは僕からメモを受け取ると、バタバタと店舗の方へ走って行った。
きっと商会で扱っている品の中から、良質なものを見繕ってきてくれるだろう。
「…………レイちゃん、ごめんね。僕たちが想像していた以上に辛い思いを沢山してたんだろうね。僕たちがなにか、お手伝い出来たらいいんだけど」
青い顔をして眠っているレイちゃん。短くカットされた黒い髪を撫でれば、少し傷んでいるようだ。
この傷付いた女の子が、僕たちを頼ってくれたらいいのに……そして元気になってくれたらいいのに。
でも、なんだかこのままじゃあ頼ってくれないような気がして。とても心配だ。
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