番外編・アンナと砂の街の領主 12
「なんだ?」
「ここの領主って立場、そんな簡単に誰かに代わって貰えるようなもんなの!?」
驚いて体が自然と動いちゃって、足と背中の打撲が痛んだ。打撲とか筋肉痛の痛みって、地味に続いて嫌だよね。
「簡単ではないが、出来ないことはない。当主に万が一のことがあった場合に備え、控えている者がいるのだから。私の場合は、弟のネッドと従弟のダドリーが控えの者だ」
そうだった、そうだった。貴族の家の子どもは継ぎの当主になる子と、言い方悪いけどスペアになる子がいるのが一般的なんだっけ。
特に国境に面している地域の領主は、魔獣がたくさん出る地域の領主には〝戦う〟ことが責務のひとつにあるから〝万が一〟の可能性がある。スペアになる人が複数人いることが当たり前なんだって、この世界の基本的なルールを教えてくれる先生が言ってた。
「え、でも、ネッド?」
あの人、伯爵以上の脳筋なんだけど……戦うことはいいけど、領主としての仕事はできるのかな? 従弟のダドリーって人は《婚約式》のとき一度しか会ったことないから、よくわからない。
「……まあ、あいつに代わるのは、少々現実的ではない、かもしれない。教育と引継ぎのことを考えたらダドリーの方が現実的ではあるが、直系の血筋のことがあると言いだす輩が……」
伯爵は〝うむむ〟と腕を組んで悩みだしてしまった。
予想通り当主の交代なんて、〝万が一〟のときでない限り難しくって面倒くさいことなんだ。親戚っていっても考え方が違う人なんていっぱいいるだろうし、問題なく当主をやってる伯爵があたしのためのって当主を辞めることに反対する人だっているだろう。
本当、貴族って面倒くさいし、大変なことばっかりだ。
あたしは普通の一般家庭に生まれ育ったから、結婚したってあたしの中にある普通の生活ができたらいいって思ってた。家族で一緒に暮らして、働いてお金を稼いで、掃除とか洗濯なんかの家事をやって、みんなでご飯を食べて……みたいな生活。
でも貴族っていう身分でいたらそんなことはできない。一緒には暮らせるけど、家は大きすぎるお城で、家事は専門職の人がやってくれて、ご飯も時間が合わないからいつも一緒なのは難しい。さらに貴族には社交ってものがある。
綺麗なドレスや高価なアクセサリーを身に着けて、煌びやかな夜会に出る。そこで領地のための交渉事や情報交換が行われる、らしいんだけど……そんなのとは無縁だったあたしが出来るとは思えない。
社交ダンスは踊れないし、笑顔でお腹の探り合いをして自分の有利な交渉をするとか、そんなの定期テストで全教科満点とるより難しいよ! いや、テストで全教科満点も無理だけど。
でも、でもさ……
「…………いいよ、貴族のままで」
「アンナ?」
「なんか、当主を辞めるのって大変そうだし。それに、伯爵が領主だからこそこの領地はまとまってるんだって、暮らしてるみんなは安心してるんだって知ってるから」
あたしが貴族をやるのは難しいと思う。出来る気もしない。
でも、伯爵があたしに向き合って歩み寄ってくれてるように、あたしも向き合って歩み寄らなくちゃいけない。わがまま言って、自分勝手なことばかりしてきた今までのことを……あたしはサソリに襲われたときに後悔したから。
「でも、あたしはこんなんだし……貴族としてのふるまいとかは上手くできないよ? 勉強はしてみるけど、元々成績はよくなかったし、平民としての生活しかしてこなかったから身に着くのに時間かかると思う。それでもいいの?」
「……ああ、大丈夫だ。うちは〝戦って領地と領民を守る〟ことが貴族としての責務の家柄だから、社交は難しくない。私でも、なんとかやれているんだからな?」
「そんなこと言っても伯爵は、生まれたときから貴族じゃん」
「そうだが、私はアンナのいうところの〝脳みそまで筋肉でできている〟男だぞ?」
脳筋男と異世界から来た平民の番。
どう頑張ってみても、社交界でうまくやっていける気はしない。さらに伯爵はレイちゃんを傷つけたことで、今は王都への立ち入りを禁止されていて……社交界では避けられるような立場だ。
でも、逆にそれならあたしみたいなのが相手でも、なんとかなる……かも?
「もしふたりで頑張ってみてダメだったら……それこそネッドか従弟さんにお任せしちゃうって手もある、か」
伯爵は「そうだな」と言って苦笑いを浮かべた。そして、あたしの手を取って指先にキスをする。
なんか、こういう仕草……めちゃくちゃドキドキするんだけど。
「アンナ、改めてこれからよろしく頼む。お互いに話し合って、歩み寄って分かりあっていこう」
「う、うん」
ここで幸せになることは、レイちゃんとの約束だし。あたしが幸せになっていたら、レイちゃんにアドバイスできることもあるかもしれない。もし、レイちゃんが幸せになってなかったら強くいうことも出来る。
でも、なんか、こういう甘くグイグイくる感じは……慣れないからか、凄く恥ずかしい。
「まずは、私のことを伯爵と呼ぶのをやめてほしい」
「えっ……でも」
「まさか、私の名前を知らない……とか言うんじゃない、よな?」
「知ってるよ! ウィリス・ファルコナー伯爵、だよ」
「では、私のことはウィルと」
「えええええ!? いきなり呼び捨てはきびしいよ!?」
「なにを言ってるんだ? ここに来ていったいどれだけの時間が経ってると思ってる。いい加減、名前で呼んでくれ……寂しい、だろう」
どうしよう、レイちゃん!
あたし、恋愛初心者でどうしたらいいのかわからない。
憧れた先輩はいたし、ハリウッドスターとか好きな俳優はいたけど、所詮は芸能人じゃん? 恋愛ものの映画見たり小説とか漫画は読んだりしたけど、それはそれ物語じゃん?
いきなり実践とか、無理無理って感じなんだけど!
「歩み寄ると決めたからには、しっかり歩み寄らせて貰うからな、アンナ」
伯爵……じゃない、ウィル……が甘い感じを出してぐいぐい来るんだけど!?
大きな伯爵に抱きしめられて、あたしは慌てた。おじいちゃんとパパとお兄ちゃん以外の男の人とこんなに急接近するの、初めてなんですけどーー!
「ひ、ひゃあーー!」
火がでるんじゃないかってくらい顔が熱くなって、あたしは無意識に叫んだ。
叫び声を聞いたイヴリンちゃんと護衛の人が部屋に駆け込んできて、伯爵……じゃないウィルにハグされてるところをばっちり見られた。
みんなの目がにこやかで優しくて、なんか、いたたまれなくて……あたしはまた叫んで暴れたけど、ハグから抜け出すことはできなかった。本当に戦う男の力っていうのは伊達じゃない。
「アンナ、愛しているよ。生涯大事にすると約束する、キミ自身にもキミの大切な従姉殿にも誓う」
そういって笑ったけど、ウィルの目は何故か知らないけど狩人とか、戦士とか、そういう戦う人のギラギラした目をしていた。目、こっわ!
レイちゃん、今度会ったときに話したいことがいっぱいだよ。
絶対一晩じゃあ足りないから、三日か四日はあたしとずっとお喋りすることを覚悟しといてよね。話し終わるまで寝かさないんだから!
あたしがウィルと一緒に頑張ったことを全部聞いて、いっぱい褒めてよね。
『アンナ、私との約束守って幸せになったんだね、偉いよ! 頑張ったね、よかったね』
そう言って褒めてよね。
あたしもレイちゃんのことを褒めたいから、あのオオカミの人と頑張ってよね。
約束だよ。約束破ったら、グラウンドの味のするまずい薬、飲んで貰うから。
*****
フェスタ王国南部、ウイリアの街にはこの地域を治める領主と彼の番が暮らしている。
領主の番は異世界からやってきた運命の相手だというのに、《婚姻式》を行っていないし、行われる気配もない。二人の関係は破綻しているのか? と思いきや、実際に見る領主と番女性の関係は悪くなさそうに見える。
毎日一緒に果樹園を見てまわっていて、楽しそうに喋っていたと思ったら突然言い合い(ほぼ一方的)になったりして驚くこともあるが……翌日また二人で果樹園にやって来るのだ。
果樹園の作業員たちは「あれもお二人のでは大事なことなんだよ。なんでも言い合える関係になっていってるってことだから」と笑顔で言う。
彼らの痴話喧嘩は、ここでは当たり前になっているらしい。
一年が真夏と夏と初夏と春で構成されているこの砂の街には、今日も領民たちの笑顔と領主と番女性の元気な声が溢れている。
お読み下さりありがとうございます!
番外編としましては、ここで終了であります。
ですが、もう1話だけ続きますのでもう少しだけお付き合いをよろしくお願いいたします。




