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番外編・アンナと砂の街の領主 09 

 あたしを襲ったあの大きなサソリは南の砂漠地域に多く生息していて、五匹から十匹くらいの群れで生活している生き物。〝アカクロボシサソリ〟って名前で、全体は赤い色なんだけど背中の中央付近に黒い星っぽいマークがあるから、そう呼ばれてるんだって。


 あの大きなサソリは基本、尻尾の先にある毒を含んだ大きな棘を獲物に突き刺して狩りをする魔獣なんだそう。でもサソリが若くて狩りに不慣れで下手だったか、獲物があからさまに弱くて絶対に捕食できると思ったときは嬲って遊ぶときがあるらしい。


 ようするに、あのサソリにとってあたしは絶対に捕まえることのできる弱い獲物だったってこと。あたしが上手く攻撃を避けていたとかじゃなくて、サソリが攻撃を当てないように加減して、逃げ惑うあたしで遊んでたってわけ。


 だよねー、あたしがそんなうまく動けるわけないよねー。なんか、納得しちゃった。


 あたしを襲ったサソリは伯爵が退治して、近くにいた同じ群れのサソリも全部退治されたらしい。伯爵が倒してくれたから、あたしは助かった。


 ああいう生き物から街の人たちや、街にやって来る人たちを守るのも領主のお役目なんだって。お屋敷の廊下とか部屋に飾ってある武器とか防具はレプリカじゃなくて、歴代の伯爵や一緒に戦う人たちが実際に使っていた品だっていうのも……最近知った。


 なかなかサソリの毒が抜けなくて、あたしは意識が戻ってからも具合が悪くて……ベッドでの生活からなかなか抜け出せないでいた。打撲とか筋肉痛っぽい痛みは仕方がないんだけど、夜になると熱が出るし手足の傷も腫れて熱をもつ。


 だから、あたしはベッドの中で本を読んだり、この世界のことを教えてくれる先生の話を聞いたりして勉強をちゃんと始めた。思っていたよりファンタジーな世界は、物語みたいで結構楽しい。


 この世界の勉強はここに来たときに王宮でもしたけど、自分で知ろうとか理解しようって思ってなかったからほとんど忘れちゃってて……ほぼほぼ初耳なのはここだけの秘密だ。





「本時午後三時から、歴史担当の教師が参ります。……アンナ様、お薬を飲んでください。ささ、ぐいっと」


 チーズ風味のリゾットとサラダという美味しいお昼ご飯を食べた後、イヴリンちゃんは濃い茶色の液体が入ったコップを差し出してきた。パッと見た感じ、アイスココアに見えなく、もないけれど……口元にコップを近づけると、青臭いような土臭いようなにおいがする。


「うっ」


「お薬の後はこちらをどうぞ」


 ベッドに置かれたテーブルには、綺麗にカットされたパイナップルとスモモの乗ったお皿が置かれる。とっても美味しそう! 果物大好き! でも、果物を食べるには……この甘苦い薬を飲んだ後なのだ……


「うっ……む……んんっ……プハッ!」


 口の中に広がる甘ったるいけど苦い味、鼻に抜ける青臭い匂いと、土を食べちゃったみたいな後味。なんていうか、草の繁ったグラウンドを食べた、みたいな感じ?


 イヴリンちゃんから受け取ったお水を一気に飲み干してから、果物を食べる。さっきの酷い味が嘘のように、甘くてほんのり酸っぱくて美味しい!


「……ええと、予定ではこのお薬も後十日ですね。頑張りましょう、アンナ様」


「頑張るのはあたしで、イヴリンちゃんじゃないじゃないのよ」


「そうですが、気持ちは一緒に飲んでいますよ」


 真顔でそう言って、イヴリンちゃんは食べ終わった食器を片付けに部屋を出て行った。


 あたしの手足にはまだ包帯が巻かれているし、首筋とか顔とかにはガーゼが当てられてる。明日の診療で、顔と首と腕に出来た傷は魔法で傷痕が残らないように治してしまう予定。


 全部のケガを魔法でササッと治してしまうと自然に治る力が弱くなってしまうので、魔法での治療は最低限っていうのが基本なんだって。命に別条がないなら自然治癒で、傷痕が残ったらダメな場所(顔とかデコルテとか)もできるだけ自然に治して最後の最後を魔法で治して治療完了、みたいな感じになる。


 毒の方は、一度体の中に入ってしまうと魔法でも取り除くことは難しいんだとか。薬を飲んで、お水やお茶をたくさん飲んで体から排出するのが一番なんだって。


 あたしの中では魔法ってないものだから、特に不便には感じてない。薬は甘苦くて飲みにくいけど、仕方がない。薬の後で食べるご褒美デザートがなかったらやってられないけどね!


「……アンナ、今時間あるか?」


 女神様に関する子ども向け絵本を開こうとしていたとき、伯爵が部屋にやってきた。手にはアイスティーとクッキーの乗ったお盆を持っている。


「どうぞ」


 本を閉じて隅っこに置く。


 あの夜から二週間、あたしの意識がなかったり体調が悪かったりしたし、伯爵はサソリ退治の後始末や領主としての仕事で忙しくて、伯爵と話す時間がとれていなかった。


 ちゃんと、伯爵と話をしなくちゃいけないってこと、いっぱい謝らなくちゃいけないってことは分かってる。だって、あの死ぬかもって瞬間……とても後悔したから。


 伯爵はアイスティーとクッキーをベッドに設置されたテーブルに置いてから、ベッドサイドに椅子を持ってきて座った。体の大きな伯爵が座るには、あたしの部屋にある椅子はちょっと小さい感じがする。


「具合はどうだ? 医者やイヴリンたちからは、徐々に回復していて今月で投薬も終わりそうだと聞いているが……おまえ自身はどう感じられている?」


「うーん、まあ、よくなってるって思うよ。筋肉痛みたいなのはあるけど、我慢出来るし。まだ夜になると少し熱が出るけど微熱だし。ご飯だって美味しく食べられてるしね」


「そうか、よかった」


 改めて伯爵を見る。こげ茶色の髪、濃い緑色の目、身長は二メートル以上あって身幅もある大きなヒグマ獣人。この地域を治める領主で、砂地に暮らすサソリとかトカゲとかヘビとかの魔獣から街と人々の命と生活を守っている。


 性格は実直で真面目、裏表がないタイプだ。カッとなって暴力を振るっちゃう人なのかと思ってたけども、番に関することについてはどんな種族の獣人でもカッとなるって聞いたから、そこは違うらしい。


 伯爵がレイちゃんに暴力を振るったことで、一年間王都への立ち入り禁止処分を受けたって報告をしたとき、お屋敷の人たちも領地の人たちも「信じられない」とか「そんなことはあり得ない」とか「領主様が暴力なんて!」とか言っていたのを覚えてる。


 領地の人たちの中には「なにかも間違いだ」って言って、調査のやり直しと処分撤回を求めて動き出そうとする人が何人もいた。きっと、伯爵は領地の人たちにとっては強くて優しい自慢の領主様だったんだろうなって思う。


「……アンナ」


「うん?」


 伯爵はメモをあたしに差し出した。そのメモには住所が書かれている。


「レイ殿の滞在先の住所だ。手紙を書くのならそこに書かれた住所を書いて、私の部屋にある郵便用の箱に入れるといい。郵便業者が直接引き取りに来るから、必ず郵送される」


「あ、ありがとう!」


 ここに手紙を出せばレイちゃんに届くんだ! 凄く嬉しい。後で手紙を書かなくちゃ。


「アンナ」


 改まった声で名前を呼ばれて、あたしも気持ちを切り替える。


「話を、しよう。今までのこと、この間のこと、これからのことを」


「うん」


 あたしは、ムカつくとか悔しいとか悲しいとかそういうマイナス感情がない、落ち着いた素直な気持ちで伯爵と向き合う。


 こんな気持ちでこの人と話をするのは、初めてのことだって……今更、気が付く。


 あたしがこの砂の街に来て、二年近い時間が流れていた。

お読み下さりありがとうございます!

イイネなどの応援、本当にありがとうございます。執筆の励みになっております。

番外編も後半です、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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