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番外編・アンナと砂の街の領主 08 

 この世界が危険だって、何度も言われていたのに。人を襲う動物がたくさんいて、盗賊なんてファンタジーな職業の危ない人たちだっているって教えて貰ったのに……あたしは現実として受け入れてなかった。でも、今、これが現実なんだって分かった。


 今頃分かっても、遅いよ……あたし。死んじゃったら、終わりじゃん。


 もっと真剣にこの世界のことを勉強するべきだった。みんなの言うことを聞いて、どうしてなのかって自分で考えて理解するべきだった。


 伯爵との関係も、レイちゃんにしたこととは別にちゃんと向き合って関係を築くべきだった。


 あたしがしていたことは、レイちゃんを言い訳に使いながら拗ねて自分勝手な行動をとってただけだ。伯爵があたしと向き合おうとしてくれてるから、大事にしてくれてたから、それがずっと続くんだって……甘えて調子に乗ってた。


 番って特別な存在だから、伯爵はあたしのわがままや勝手を許してくれてた。普通だったらとっくに見放されて、お屋敷からも追い出されても不思議じゃないのに。


 あたしの好きなお菓子とかお花とか、綺麗な文具とか……たくさん用意してくれて、何かにつけて「すまない」って謝ってくれた。あたしはそれを軽くあしらってたけど、あの事件について本来怒っていいのは被害者のレイちゃんであって、あたしじゃない。


 それだって、今気付いても……遅い。


 あたし、多分、ここで死んじゃう。


 足が縺れて、あたしは顔から転んだ。口の中は砂だらけで、もう息も絶え絶え、足も手も痺れて痛くて力が入らない。あたし、バカだ。


 オオカミの人がいったように、おとなしく待っていたらよかった……そしたら、いつかレイちゃんとは会えた。ここで死んじゃったら、もう会えない。


「レイちゃん、ごめん。もう、あたしダメかも……」


 せめて痛いのは一瞬か、分からないくらい即死だったらいいな……


 そう思いながら目を閉じた瞬間、ドカーンッっていう大きな音と共に地面が激しく揺れて、下から突き上げるような衝撃を受けてあたしは吹き飛ばされた。


 近くにあった岩場までごろごろと転がって、木に体を打ち付けて停まる。


 体を打ち付けたせいで一瞬息がとまり、むせた。周囲は砂が舞い上がってなにも見えないし、目を開けていられない。


 なにが起きているのかはさっぱり分からないけれど、あの大きなサソリが暴れているらしいことは音で分かった。地面が揺れて、砂が舞い上がっているのも、サソリが動き回ったりあの大きな尻尾を叩きつけたりしているからなのだと思う。


 突然、横にあった岩が砕けた。ガリガリッと鼓膜が破れるんじゃないかってくらいに大きな音がして、砕けた岩が雨みたいにいっぱい降り注ぐ。


「うっ……!」


 痛い。熱い。

 動かなくちゃって思うのに、体が動かない。



「……レイちゃん」

 子どものころにあたしが転んでケガしたときも、お兄ちゃんに階段から突き落とされてケガしたときも、公園の遊具から落ちてケガしたときも、いつだってレイちゃんがすぐに「アンナ、大丈夫!?」って駆けつけてくれた。


「アンナ!」


 あたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。


「アンナ、アンナ!」


 でも、その声は……レイちゃんじゃない。



 * ★ *



 暑くて仕方がない。喉が渇いたし、着ているシャツが汗で濡れて肌に貼り付いているのが気持ち悪い。

シャワーを浴びて、サラッとした生地でできたワンピースを着て、風が通るテラス席で冷たく冷やしたジュースを一気飲みしたい。


 なのに、あたしの体は全然動かない。腕を動かすだけでも凄く辛い、手足が重たい……なにがどうなってるの?


 ゆっくり目を開けると、白くぼやけた世界が見えた。


「……アンナ、目が覚めたのか!? ああ、よかった。本当によかった」


 声が聞こえて、右手をギュッと強く握られる。あたしの手を握った手は大きくて、ゴツゴツしていて、温かいを越えて熱い。


「アンナ? 大丈夫か? どこか痛いところはないか? 苦しいところはないか?」


「……っ」


 段々クリアになっていく視界に入ってきたのは、伯爵だ。緑色の目の下には髪と同じくらい濃い茶色のクマが出来ていて、なんだか疲れてるっぽい。


 声を出そうとしたけど、声はでなかった。カサカサした声にならない吐息が漏れただけ。


「ああ、水を飲むか? イヴリンが果実水を用意してくれているぞ」


 ガラスのコップに果物の味のする水を注いでストローを差し込むと、あたしの体を起こして支えながらストローを口元に運んでくれる。本当は自分でコップを受け取りたいけど、腕に力が入らないので……仕方がなくそのままストローで果実水を飲んだ。口の中に桃の味が広がって、乾ききった喉が潤っていくのが分かる。


 コップに注がれた果実水を全部飲み干すと、「あ……り、がと」と掠れた声がでた。


「アンナ、本当によかった。今、医者を呼んでくるからな。ああ、それとなにかほしいものはあるか?」


「……イヴリ、ンちゃん、よんで」


「分かった、待っていてくれ」


 伯爵はあたしをベッドに寝かせると、何度も振り向きながら部屋を出て行った。


 ここは伯爵のお屋敷の中にある、あたしの部屋だ。


 あたしが使ってるベッド、サイドテーブルとサイドランプ。大き目のドレッサーとクローゼットがあって、反対側に本棚がある。クリーム色と木の茶色をメインにして、クッションとかカーテンなんかは落ち着いたくすんだ色合いのピンクやオレンジって内装は間違いなくあたしの部屋だ。


「…………アンナ様!」


 控えめなノックの後、部屋に入ってきたイヴリンちゃんはあたしを見て駆け寄って来る。その目には涙がいっぱい溜まっていて、今にも零れそうだ。


「お目覚めになったのですね、よかった……このまま目が覚めないのではないかと、心配したんですよ? いつの間にかお部屋から外へ出ていらっしゃるし。街の外は危険だと、特に夜の街外は危険だと何度も申し上げましたのに、それなのに……!」


 イヴリンちゃんはそう言って、ワッとベッド脇に座り込んで泣き出してしまった。


「ご、めん……ね?」


 そこからお医者さんがやって来るまで、あたしはイヴリンちゃんに謝り続けた。夜の外は危険だって聞いてたのに勝手に部屋を抜け出したことも、でっかいサソリに襲われてケガをして心配かけちゃったことも……あたしが悪かったから。


 物凄い美人の女医さんが、目覚めたあたしの診察をしてくれた。


 どうやらあたしは外で遭遇したサソリに攻撃されて、一撃致命傷は貰わなかったものの、毒を含んだかすり傷をたくさん負った。その毒が原因で発熱、傷口は腫れて膿が溜まって結構大変な症状だったようだ。


 助け出されたあたしはすぐにここに運ばれて、治療を受けたけれど……五日間、あたしは意識不明だったらしい。


 五日も意識ないとか、普通に重症じゃん。


 死ぬかもって覚悟したけど、本当に死んでもおかしくなかったって聞いて反省した。


 あたしは自分勝手な行動をして、結果みんなに心配かけちゃった。


 馬鹿だった、ごめんなさい。

お読み下さりありがとうございます!

イイネやブックマークなどの応援、本当に嬉しいです。

創作意欲がアップしますです、ありがとうございます!!

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