番外編・アンナと砂の街の領主 06
レイちゃんがウェルース王国からこの国へ帰国するとかした、という話はお屋敷で働いている人たちの中では喜ばしいこととして受け入れられている。あたしが帰国したレイちゃんと再会できたら、正式に伯爵とあたしの《婚姻式》の準備が行われるから。
喜ばしいことだとみんなの口は軽くて、少し耳を澄ませていればわざわざ聞かなくても情報が入ってくる。
レイちゃんがいつ頃国境を越えるとか、滞在する街は王都じゃなくて別の街だとか、その街はとっても身分の高い貴族が治めている街だとかいろいろ。
レイちゃんが滞在すレリエルという街は、この国で二番目に大きい。地図で確認すると、今あたしがいる南部の街ウイリアからはかなり距離がある。
こっちの世界には新幹線も高速バスもないから、馬とかの動物に乗る、馬車に乗る、徒歩くらいしか移動手段がない。
徒歩 却下 歩いて行くのは現実的な距離じゃない、体力もないし時間もない。
騎馬 却下 馬とかトカゲとか、乗れない。
馬車 却下 レイちゃんに会いにいくという理由で伯爵家が馬車を出してくれるとは思えない。
つまり、路線バスみたいに決められたルートを走ってる辻馬車を乗り継いで行くことになる。
あたしがレイちゃんを訪ねてレリエルに向かうには、諸々の準備が必要だ。辻馬車の乗車賃と乗り継ぎを調べなくちゃいけないし、移動中にかかるご飯代や宿泊費もみなくちゃいけないし、洋服や肌着類の替えも必要だしそれを入れる鞄も必要だ。
下着類は今あるものを使う。洋服はヒラヒラしたものじゃなくて、果樹園に行く用にと用意してくれたシャツとズボン、ブーツが使える。フード付きのポンチョコートもあるから、それも着ていける。髪は纏めて帽子の中に突っ込むか……いっそ短く切るのもあり。鞄も肩掛けかリュックで決まりだ。
一番の問題は、この世界の現金をどうやってあたしが手に入れるか。
このお屋敷に居るかぎり、ほしいものがあるときはイヴリンちゃんに「○○がほしいんだけど」と言えば数日以内に届けられる。ウイリアの街に行ったときはイヴリンちゃんや護衛の人がお金を持ってて、あたしが買い食いしたり買ったりしたもののお金を払ってくれるから……あたし自身はお金がない。
どうも、貴族の女の子っていうのは自分でお金を払ったりはしないらしい。お付きの人が払ったり、後でまとめてお屋敷の方に請求がきたりする、世に言うつけ払いが一般的なようだ。
こういうとき、小説やアニメでは手持ちの宝石とかドレスを売るとか、自分で綺麗に刺繍したハンカチとか手芸品を売ってこつこつお金を貯めたりするのが鉄板。でも、残念ながらあたしに刺繍や裁縫技術はないし、貰ったドレスとか宝石を勝手に売るのはどうなんだ? という気持ちがあるので、実行には移し難い。
街でバイトでもする? レストランやカフェのウェイトレスとか食器洗いとかしてお金を稼いで、そのお金で辻馬車に乗って移動してお金がなくなったらまた働くとか。
「ううーん」
それもなんだか出来そうな気もするし、難しいような気もする。そもそも街で何日も働いていたら、レイちゃんがレリエルからいなくなっちゃうかもしれないし……
思っている以上にあたしひとりでウイリアからレリエルに行くのは難しい感じがする。
「ううううーん」
「アンナ様」
「えっあ、どうしたの?」
テーブルに地図とノートを広げて、『レイちゃんに会いにレリエルに行こう計画』の計画案を練っていたところにやってきたのは、ティーセットの乗ったワゴンを押したイヴリンちゃんと顔見知りの侍女たちだ。侍女長にアレコレ言われていた子たちでもある。
「申し訳ありませんでした」
全員が一列に並ぶと、深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「な、なにが……?」
「アンナ様が従姉様に宛てたお手紙、あのお手紙は……」
「ああ、郵便屋さんには渡してなかったんでしょ? だから、レイちゃんが王宮に居ても居なくても届くことはなかったんだよね。うん、知ってたよ」
そう言えば、彼女たちは顔を真っ青にした。
「も、申し訳ありませんでした」
「え? ああ、みんな侍女長の命令には逆らえないもんね。仕方ないよ。レイちゃんに手紙出したつもりでいたから、本当は出てなかったことは悲しいけど……みんなには怒ってないんだ。だって、本当にどうにも出来なかったんだもん」
この世界は身分制度があって、お屋敷で働く人たちの中にも当然それはある。身分にプラスして上司と部下っていう関係も加わって、侍女長になにか言える使用人は執事長くらいだと思う。だって侍女長は伯爵の親戚である子爵家の夫人で、伯爵の乳母だった人。先代の伯爵と伯爵夫人の信頼厚い人だって聞いてるから、実質あたしよりも発言力がある。
そんな人にイヴリンちゃんたちが逆らえるわけない。
「アンナ様……」
「でも、あたしにそれを謝っちゃっていいの? 侍女長には黙ってるようにって言われてたでしょ?」
「そうなのですが……私たちはアンナ様の侍女です。お仕えするべきアンナ様に対して、不誠実なことは、もうしたくないのです」
あたしに「お手紙は郵便業者にお願いしましたよ」って嘘をつき続けることは、確かに不誠実だ。
レイちゃんから返事がないかって聞かれるたびに、出してないんだから返事なんてくるわけないって事実を胸に押し込めて返事がないことを報告するのは、辛かったと思う。
だって、この領地の人たちはみんな素直で真面目なんだもん。嘘ってつき続けるの大変だし、嘘をつくと次々新しい嘘をつかなくちゃいけなくなることだってあるし。そういう意味でも、彼女たちはもう限界だったんだろうって思う。
最初は明るくて元気でみんな笑顔が眩しい感じだったのに、ここ一年くらいの彼女たちはいつだって青い顔をして、元気がなかった。
「……うん、わかったよ」
「アンナ様、これを」
イヴリンちゃんはワゴンの下段に隠すように置いてあったものを取り出すと、わたしに差し出した。それはクラフト色の大きな封筒で、底のマチ限界まで中身が入っているのが分かる。
「……これ、なに?」
「これは、従姉様に関してのお客様がいらっしゃった日、一緒にいらしていたトラ獣人の王宮文官殿が置いていかれたものです。これも」
大きな封筒の上にはポストカードサイズの白い封筒があった。
レイちゃんの番であるオオカミの人がきたとき、一緒にトラの人が来ていたのを覚えてる。その人が置いていったもの?
「あたしに?」
「白い封筒はアンナ様にと」
「こっちは?」
受け取った大判封筒は、その見た目通りすごく重たい。ずっしりだ。
「……こちらは、旦那様が目を通されて……その、アンナ様にお見せするか迷われていた資料です」
「資料? なんの資料よ」
大判封筒を開け、その中身を覗き込む。封筒の中には大量の紙と掌サイズの白っぽい色の石が入っていて、紙には文字がびっしり書き込まれていた。
あたしはその内容に息を飲んだ。
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