番外編・アンナと砂の街の領主 04
レイちゃんの行方を探すから、とオオカミの人とトラの人は忙しなく帰って行った。
あたしも一緒に探しに行くって言ったけれど、それはその場にいた全員から「ダメ」「いけません」と却下されてしまった……あんなに速攻でダメだって言われたの、生まれて初めて。
理由はこの世界はあたしが思っているよりもずっと危険に満ちていて、戦えないし魔法も使えないあたしがウロウロしようものなら、魔獣に襲われたり盗賊的な人に攫われたりしてしまうと。
さらに、異世界から来たあたしのような立場の人間は、国外に勝手に出てはいけない法律があるとのことだ。国外に行くには書類手続きを済ませて国の許可を取って、番相手と護衛の同行があって初めて可能になるらしい。初耳なんだけど? レイちゃんだって絶対知らないよ、それ。
当然のことだけど、伯爵も「国外に出るなんて無理だ。俺には領主としての仕事がある」と首を左右に振るばかり。
実際問題レイちゃんが他所の国に行ってしまっている以上、探す場所は他所の国の街で、あたしが探しに行くことは難しい。だからおとなしく待っているように、と全員から言われてしまった。
オオカミの人は帰り際に、レイちゃんの行方が分かったら連絡をくれると約束してくれた。
あたしが一方的に責めてビンタしたことを怒ることも咎めることもなく、自分が悪かったと帰り際にもう一度謝罪してくれた……貴族なのに。
とりあえず、レイちゃんの番であるオオカミの人がとても真面目な良い人で、真剣にレイちゃんに向き合おうとしていることには安心した。遅いけどね! 余裕で遅刻だけどね!
行方の分からないレイちゃんを、あたしが探しに行けないこともすごく歯がゆい。
もしも、お披露目会が始まってすぐにあの人がレイちゃんを迎えに来てくれてたら、レイちゃんは大ケガすることもなかった。王宮で働かなくてもよかったし、嫌がらせを受けることだってなかった。そうだったら、あたしだって……あたしだって……
「……ばかみたい」
ぐるぐるとああだったら、こうだったらとか考えて考えて……唐突にそんなことしても意味がないことに気付いた。もしもこうだったら、なんてことを考えたって過去は変えられないんだから。時間の無駄だ。
「あ、アンナ。王都から客が来てたんだって? 誰がなんの用事だった……」
廊下の向こうから伯爵の弟ネッドが歩いてきた。騎士っぽい服を着て、腰には剣を下げてる。
この人が……レイちゃんを、何度も……
「馬鹿野郎! このっ! 絶対に許さないんだからッ」
あたしはネッドに駆け寄り、飛び上がって両耳を掴んで引っ張った。思いっきり、容赦しないで力を籠める。
「ぎゃあーーー! やめっ……!」
獣人の耳と尻尾ってとても敏感な場所らしい、特に耳は神経が集まっているんだって聞いた。いざ襲われそうになったとき、急所よりも耳や尻尾を攻撃する方が有効だって教えられたから……クマ獣人は尻尾が見えないから耳一択。
もっといっぱい攻撃するつもりだったけど、あたしはネッドに振り払われて地面に落とされた。
「アンナ、なにするんだよっ!」
「レイちゃんに、なにしてくれてるんだよっ! 王宮に残るレイちゃんの、ないことばっかりの噂流したのアンタなんでしょ!」
「なっ……どうして、それ……」
ネッドは目に涙を浮かべて、両手で耳を押さえながらあたしの言葉に顔を青くした。
「なんでそんな酷いことすんの! なんでそんな酷いことできるの! 信じられないッ」
「アンナ、でも、俺は……」
「絶対に! 許さないんだからっ!」
騒ぎを聞きつけて人が集まりつつある中、あたしは自分の部屋に向かって走った。名前を何人にも呼ばれたけど、無視して部屋に戻る。
荒くなった呼吸を整えながら、あたしはレイちゃん宛てに書いた手紙を手に取った。
手紙を書いて出しても返事がなかったはずだ。王宮から出て、ついでにこの国からも出て行ってしまったレイちゃんにあたしの手紙は届いてなかったんだから。
「アンナ様、失礼します」
小さなノックの後、銀色のワゴンを押したイヴリンちゃんが部屋に入って来た。ワゴンにはお昼ご飯のサンドイッチが乗っている。
「……あ、従姉様へのお手紙は」
「あ、え? ああ、これね。出すのは止める、だって王宮にレイちゃんはいないんだもん」
あたしはレイちゃんへの手紙を机の引き出しの中へ放り込んだ。
「そういえば、今までに結構な数の手紙をレイちゃんに出しちゃった。王宮は困っただろうね、いない人に対して手紙がバンバン送られてきてさ? 誰か気を利かせて『ここにはもういませんよ』って連絡入れてくれたらよかったのに。そう思わない? レイちゃん宛ての手紙だから、誰か開けて中身読んでるってこと……はないと思うけどさぁ、もし読まれてたらめちゃくちゃ恥ずかしい。読まれて困るようなことは書いてないけど、なんか甘えたこととか我儘なことばっかり書いてたから。こいつ幼い子どもかよって思われたら、なんだか恥ずかし…………イヴリンちゃん?」
テーブルに昼ご飯を並べてくれていたイヴリンちゃんは、顔を真っ青にしている。
「いえっ……なんでもありません」
「そう? なんだか、顔色悪いけど」
「大丈夫です。ご心配をおかけしまして、申し訳ありません」
「え、謝ることじゃないけど……」
「さあ、遅くなってしまいましたが昼食をどうぞ。ミルクティーにはこちらのシロップを使ってみてください。今年領地でとれた、初物のシロップですよ」
お皿に盛りつけられたサンドイッチ、大き目のスープボウルに入った野菜のポタージュスープ、ティーポットにたっぷり入ったミルクティーには領地でとれたばかりのシロップ(メープルシロップみたいな匂いがする)というお昼ご飯は、とても美味しそうだ。
イヴリンちゃんにすすめられるままお昼ご飯を食べた、けれど……レイちゃんのこと、顔色の悪いイヴリンちゃんのことが気になって、味はよく分からなかった。
* ★ *
あれから数か月。
レイちゃんは陸続きの隣国だというウェルース王国の首都でランダース商会というお店の従業員として働いていて、元気にしているとオオカミの人から連絡があった。
異世界から来た人間なんて、ウロウロしていたらすぐに魔獣に襲われたり盗賊に攫われたりする……とか聞いていたから、レイちゃんが危険な目に合ってるんじゃないかって心配だった。
レイちゃんが無事で、元気にしているって聞いて安心したし、嬉しかった。
お店で働いてるってところはレイちゃんらしい。たぶん、お披露目会で迎えに来て貰えなかった時点で、この世界で自立して生きていこうって決めたんだと思うから。
あたしといえば、変わらずファルコナー伯爵領で暮らしてる。
この世界のことを少しずつ勉強しながら、女神様から貰った〝植物の育成を促す力〟を使って暑い気候と砂ばかりの土地、水が少ないって環境でも育つ野菜とか果物の育成を手伝う毎日だ。
この地域は気温が高いから、トロピカルフルーツがよく育つんじゃないかな? っていう思い付きから、マンゴーとかパパイヤとかパイナップルとかの栽培を始めて、成果が出てきてる。果樹園で働く人たちから「収穫できましたよ」と言って貰えると嬉しい。
そのおかげなのか、あたしは領地の人たちから概ね好意的に受け入れて貰ってる。勿論、伯爵邸で働いてくれてる人たちもよくしてくれてる……あたしへの態度とか距離感とかがおかしい人もいるけど、全員から好意的に受け入れて貰うなんて難しいことだから仕方がないよね。
異世界人をこころよく思わない人も、いるかもだし?
いつものように伯爵と一緒に朝ごはんを食べてから、動きやすい服装に着替えて果樹園に向かう。
果樹園の中を歩いて果物の育成状況を確認して、作業小屋で次にチャレンジする予定の果物の苗とか種の様子に問題がないことを確認。種まきとか苗を植える時期を作業員の人たちと相談してから、あたしは伯爵邸へと戻ってきた。
手には「今朝収穫したものですよ」と大きなパイナップル(って呼んでるけど、パイナップルに似てる果物だ)が二つ入った袋を持っている。
採れたての果物なんて、最高の贅沢だ! お昼ご飯のデザートに切って貰おうと、あたしは裏口から建物の中へと入った。
「……もう、耐えられません。侍女長、お許しください」
「なにを言うのですか、イヴリン。あなたは今まで通り、アンナ様に誠心誠意お仕えすればよいのです。皆も同じですよ」
「アンナ様に誠心誠意お仕えすればこそ、です!」
イヴリンちゃんの声は震えていて、今にも泣き出しそう。
あたしは慌てて壁と植木の間に体を滑り込ませて、聞き耳をたてた。
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