番外編・アンナと砂の街の領主 03
知りたいと思っていることはたくさんあった。
レイちゃんが今どこでなにをしているのか、あたしの手紙に返事をくれないのはどうしてなのか。番だというこのオオカミさんとレイちゃんはどうなるつもりなのか。今度、いつ会えるのか。
「どういう、ことですか?」
「まあ、そうなるよね。実は彼女、こちらの世界に来てすぐ名前とか年齢とか書いて貰った書類に名前を偽って書いたんですよ」
「レイちゃんが、名前を? どうして?」
「そう、それなんですよ。彼女、名前をレイ・コマキと書いていたんです。従妹であるあなたが彼女を〝レイちゃん〟と呼ぶので、誰も名前が偽りだなんて思わなかった。そもそも、名前を偽って書いているなんて思ってもなかったんですよね」
トラの人はそう言って、大げさに肩を竦めて見せる。
「それでですね、彼女に手紙を送ったんですよ……急いでいましたので魔法で送る手紙をね。でも、その魔法の手紙というやつは本名でなくちゃ届かない。名前が違った場合は動かないっていうのが魔法の仕様でね、彼女への手紙は全く動かなかった」
「……それで名前が違うと、分かったのですか」
伯爵が絞り出すような声で言うと、トラの人が大きく首を縦に振った。
「そうなんですよ。ですから、アンナ嬢に教えていただきたいんです……あなたの従姉である方の本名をね」
「ちょっと待って下さい。レイちゃんに用事があるのなら、王宮に行けばいいじゃないですか。急いでるならなおさら手紙じゃなくて、直接会いに行けばいいでしょう。なのに、どうして手紙だの本名だのって…………まさか……」
あたしは、とても嫌な想像をした。
緊急事態なのに王宮にいるレイちゃんに直接会うことはしないで、魔法の手紙を送る。しかも本来レイちゃんの側にいるはずの番であるオオカミの人は、今あたしの目の前にいる。
それって……
「レイちゃん、王都に……いないの? 今どこにいるのか、分からないの?」
背骨に沿って、冷たくて嫌な汗が流れていく。
今あたしは適当に言ったから、そんなことないよって否定してほしい。もっと他の、あたしには想像がつかないような事情があるんだって言ってほしい。
「まあ、そうなんですよね。彼女、今、行方が分からないんですよ」
「えっ」
「彼女、最初は王宮で文官みたいな仕事をしていたんですけどね? 仕事を辞めて、宿舎も引き払って城下街へ降りた所までは確認がとれたんですけども、そこからの足取りはまだつかめていないんですよ」
レイちゃんが、行方不明? いなくなった?
その後、トラの人から聞いたことは過去最高に胸糞悪い話だった。
お披露目会が終わってから一人、王宮に残ったレイちゃんが文官みたいに仕事をしていたってことは驚いたと同時に、レイちゃんらしいなと思って嬉しかった。けど……大勢の文官や侍女たちに変な噂をたてられて、嫌がらせをされていたとか。めちゃくちゃ頭にきた。
それも、今あたしが暮らしているこの周辺地域出身の人たちが中心になって、レイちゃんの悪い噂を流していたって……その発案が伯爵の弟であるネッドだった。
その嫌がらせが原因でレイちゃんは王宮での仕事を辞めて、誰にもなにも言わずに姿を消しちゃったとか。もう! どれもこれも、あたしをムカムカさせることばかり!
「大体さぁ……」
あたしはソファから立ち上がってローテーブルを避けて、オオカミの人に近付いた。
黒い髪、青い瞳のイケメンだ。王宮に勤める文官の人が着るオシャレな制服も凄く似合ってて、レイちゃんが好きそうな感じのオオカミ獣人。この人がレイちゃんの運命の人。
「あなたが、お披露目会をやってる間に、レイちゃんを迎えに来てくれてればよかったのに! そしたら、こんなことにはならなかったのに! あなたが全部悪いんじゃん!!」
あたしは思いっきり、オオカミの人のほっぺを打った。
バチーンッと大きな音が客間に響いて、伯爵も周りに控えていた執事長も息を飲んで、トラの人も目をまん丸にして驚いてる。
「……すまない、アンナ殿」
「あたしに謝っても意味ないっ!」
オオカミの人を叩いた手が物凄く痛い。それでも、もう一発叩いてやりたくて振り上げた手を伯爵が掴んだ。振り払おうにも、伯爵の力は強くてびくともしない。
「あ、アンナ! やめないか!」
「あなたが、レイちゃんを迎えに来てくれてたら……! レイちゃんは、レイちゃんは……!」
色々言ってやりたいのに、感情が溢れ返って言葉が出てこない。代わりに出てきたのは涙。泣いてる場合じゃない、もっと文句言ってやりたいのに!
「キミの言う通りだ、俺が彼女をお披露目会の期間中に迎えに行けなかったことが悪い。どんな事情があったとしても、関係ない。俺が悪い。だからこそ、俺の手で彼女を探し出さなくてはならないんだ。無事に連れて帰って、キミとまた会えるようにする。だから、教えてほしい」
力強く言われて、あたしはハッと我に返った。
確かに、この真面目そうなオオカミの人がお披露目会に来られなかったのには、きっと理由があったに違いない。王宮に勤めてるんだから、きっとそうなんだろう。
ここでぎゃあぎゃあ騒いで、この人を責めてもなにもならない。レイちゃんがどこにいるのか、無事でいるのか確認できるわけじゃない。
「アンナ殿」
目の前には真剣な顔をしたレイちゃんの番であるオオカミの人がいる。
「彼女の本当の名前は?」
「約束、してほしい。絶対にレイちゃんを探しだして」
「約束する」
「レイちゃんとあたしを会わせて」
「誓おう」
「……レイちゃんの名前は、駒木玲奈。レイナ・コマキ。レイナです」
オオカミの人は「レイナ、レイナ」と名前を何度もつぶやきながら、文官服の胸ポケットに入れていた封筒を取り出すと魔法を使った。封筒は小鳥の姿になって空へ舞い上がるも、開け放たれた窓の付近をくるくると飛び回ってからオオカミの人の元へ戻り封筒へと戻ってしまった。
「……」
「あー、やっぱりか。こりゃあ大事になりそうだ」
俯いたオオカミの人と、心底困った様子のトラの人。そしてあたしの隣で大きく息を飲んだ伯爵。これ、絶対良くない結果だったってことだよね?
「つまり、その、レイ殿は……王都から去ったのではなく、国から去ったと」
「は……はああああああ!?」
あたしは思わず伯爵の肩を掴んだ。高そうなモスグリーンの上着に皺が寄ったけど、そんなこと気にしないで引っ張る。
「どういうこと!? レイちゃん、他の国に行っちゃったの!?」
「あ、ああ……今見ただろう? あの鳥の姿になる魔法の手紙は、国境を越えられない仕様になっているんだ。だから、レイ殿の名前が正確であるにも関わらず手紙が届かないということは、国境を越えた場所にいるということになる」
「レイちゃん、そんな……」
足から力の抜けてしまったあたしはその場にしゃがみ込み、慌てた伯爵に抱えられた。
あたしはショックだった。
レイちゃんが王宮で嫌がらせをたくさん受けていたことも、それを主導したのが伯爵の弟であるネッドとここの街出身の人たちだってことも、レイちゃんがあたしになにも言わずに王宮から出て、この国からも出て行ってしまったことも。
なにもかもがショックだった。
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