番外編・アンナと砂の街の領主 02
「この世界から私たちが今まで暮らしていた世界には戻れないんだって。信じたくないけど、それが事実だって受け止めるしかないと思う。時間がかかるとは思うけどね? だって、それが現実だから。だからね、アンナ……私たちはこれから死ぬまでの時間をここで生きて行かなくちゃいけない。私は、アンナに幸せに生きていって欲しい」
レイちゃんはそう言った。レイちゃんの言うことは理解できる、この異世界転移はゲームの中とか小説の中の話じゃない。王子様と結婚して幸せに暮らしましたってナレーションで終わりじゃなくて、その先がずっと続くんだってこと。
でも、レイちゃんがあたしの幸せを思ってくれるように、あたしだってレイちゃんの幸せを思ってる。何度言っても、どうにもレイちゃんにあたしの気持ちは届いてないっぽかった。
王都を離れるときは一緒に来てほしい、あたしは何度もレイちゃんに言った。しつこくお願いしたし、縋りついたりもした……けど、結局レイちゃんは最後まで首を縦に振ってはくれなかった。
それは……あたしがひとりぼっちになるのが嫌だったって気持ちも勿論ある、だって生まれたときから一緒だったんだもん、寂しいじゃん? 離れるの辛いじゃん? あたし、レイちゃんが大好きだから。
伯爵が大ケガさせたってことで、ある意味有名になってしまったレイちゃんは遠巻きにされて、陰口を言われる立場になってしまっていた。ファルコナー伯爵を怒らせたとか、ファルコナー伯爵の番にちょっかいを出した愚か者とか。
いやいやいや、事実無根だし! レイちゃんとあたしは生まれたときから一緒の大事な家族だから! 伯爵の方が酷いことをしたんだから!
あたしがいくら事実を訴えても、なぜかレイちゃんの変な噂は消えなくて、むしろどんどん大きく膨らんでどうにもならなくなっていた。
お披露目会の開催期間が終わっても番が迎えに来なかったことも手伝って、レイちゃんの立場はますます微妙なものになっていて、あたしは凄くそれが嫌で腹立たしかった。
女神様が決めた番に見捨てられた異世界人だって、レイちゃん呼んで笑いものにするなんて!
変な噂を信じて、おかしな目でレイちゃんを見る人が増えていく。レイちゃんは〝療養〟という名前で自分のお部屋に引きこもっていたから、実害はあまりなかったことが不幸中の幸いだ。
味方なんていないあの場所にレイちゃんを残していくのが心配で、嫌だったから何度も一緒に行こうと言ったのに結局あたしはひとりで王都を離れることになった。
大きなトカゲが引っ張る馬車(引っ張るの馬じゃないけど馬車?)に乗せられて、窓から見えるレイちゃんがどんどん小さくなっていくのを思い出すと、今でも泣きそうになる。
あれから一度もレイちゃんとは会えていないし、手紙の返事もない。
侍女長が「手紙の返事も寄越さない程度の関係だったのですよ。そんな薄情な相手など、親戚でもなんでもありませんわ」とか言ってきて、辛い。
実際、一通も返事がなくてさすがに凹むんだけど、意地になって今週に入ってからは毎日出している……来月になっても返事がないようだったら、一日一通じゃなくて一日三通とか四通とか出してやる。
今日の手紙を書き終えて封をしていると、イヴリンちゃんがお洋服と靴を持ってやってきた。
「アンナ様、こちらにお召し替え下さい」
イヴリンちゃんが用意してくれたのは、ピンクベージュのワンピースドレスで、襟元と腰に綺麗な緑色のリボンがあるシンプルなもの。丸い襟が可愛くて、清楚な感じのものだ。宝石がゴテゴテついたものとか、フリルとレースでふわふわしてるようなものじゃなくてよかった。
「ありがと」
お客様が来るのはお昼過ぎ、あたしは間に合うように着替えて、お化粧して髪を整えて、玄関ホールで到着を待つことになっている。
「ねえ、お客様がどんな人なのか聞いてる?」
ワンピースドレスに着替えながら聞いてみると、イヴリンちゃんは首を左右に振った。
「王宮にお勤めの文官で、伯爵家の方だと」
「はくしゃく……、貴族だよね。あの人と同じなの?」
「旦那様は伯爵家のご当主様でいらっしゃいます。本日いらっしゃるお客様は伯爵家のお生まれで、ご当主ではないようです」
「そうなんだ」
なら、レイちゃんが貴族っていう面倒くさい社会に関わる心配はなさそう?
さらりとした触感のワンピースドレスを身に着けると、イヴリンちゃんが腰と襟元のリボンを綺麗に結んでくれた。そしてそのまま鏡台の前に座れば、淡いナチュラルメイクをして髪を綺麗に整えてくれる。髪には伯爵家の家紋の入った髪飾りが付けられた。
「まあ、可愛いんじゃない?」
姿見の前で回れば、スカートの裾と細めのリボンがふわりと揺れる。
「大変愛らしいです、アンナ様!」
「よし」
あたしは気合を入れるために両手で顔を叩く。バチーンと頬を叩いた大きな音と、イヴリンちゃんの悲鳴に似た「アンナさまぁああ!?」という声が響いて、執事や他の侍女たちが駆けつける騒ぎになってしまった。
そんな大騒ぎになるなんて思ってもなかったんだよ、気合入れただけだから。
* ★ *
「ようこそ、ファルコナー領へお越しくださいました。ウィリス・ファルコナーでございます」
お屋敷の大きな正門からエントランスにお客様が入って来て、歓迎する伯爵様の斜め後ろであたしも頭を下げた。執事や侍女長たちはお客様が入って来た瞬間から頭を下げて、そのまま動かないでいる。
なんとも言えない緊張感がエントランス全体に広がった。伯爵も使用人たちも緊張していて、それがこの場の空気に漏れ出ている。あたしまで緊張してきちゃうよ。
伯爵の向いにいる人物は二人いて、どっちも白いシャツに黒い上着にネクタイ……華やかな印象の文官服を着ている。オオカミの獣人とトラの獣人、どっちかがレイちゃんのお相手だ。
「出迎え感謝致します。自分は第三王子付き侍従、ダレル・ブラッドショーと申します」
「同じく、ユージン・オルコックと申します」
ああ、こっちの人だな、あたしはそう思った。なんでそう思ったか、とか聞かれても分からないけど……ただ、トラの人とレイちゃんが横に並んでいる絵が浮かばなくて、逆にオオカミの人とレイちゃんが並んでいる絵が浮かんでしっくり来たって感じだ。
「こちら、異世界からやって来た我が番のアンナです」
「……小野寺杏奈、アンナ・オノデラです」
一歩前に出て頭を下げた。あたしの姿を見たオオカミの人は「あなたが……」と呟いて、会釈をしてくれた。
頭の中で想像してたのと随分印象が違う。もっと傲慢で自分勝手な最低野郎だと思ってた、だって、レイちゃんを迎えに来てくれなかった相手だから。でも、実際は穏やかで真面目そうだ。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
伯爵は緊張したまま客間に移動し、お茶とお菓子がサーブされてから、そう聞いた。
「お伺いしたいことがありましてね、お聞きしないことにはどうにもならないことでして。押しかけるような形になってしまい申し訳ありません」
トラの人がにこやかにそう答え、オオカミの人があたしを真正面に捕らえるように体を向けた。
あれ? 聞きたいことって、あたしに聞きたいことなの?
「アンナ殿、あなたの従姉……彼女の本当の名前を教えてほしい」
「……え?」
レイちゃんの本当の名前? なんで今頃そんなことを?
予想もしていなかった質問に、あたしの頭の上にはいっぱいクエスチョンマークが浮かんでいた。
お読み下さりありがとうございます!
イイネやブックマークなどの応援、本当にありがとうございます。
番外編はそんな長くならない予定ですので、最後までお付き合いいただけますとうれしいです。
よろしくお願い致します。
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紙書籍と電子書籍とございますので、お付き合いいただけますと嬉しいです。
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