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番外編・アンナと砂の街の領主 01 

番外編スタートです。

よろしくお願い致します。

 今、あたしは異世界にいる。


 生まれて育った世界から、魔法があって魔獣が住んでいて、エルフとか獣人とかいろんな人種が暮らすこの世界に呼ばれた。

 呼ばれてしばらくは同じ年の従姉と一緒だったけど、今はあたし一人……砂の街ウイリアいる。




 あたしたちがこの世界にきた理由は、あたしたちがこの世界で暮らす獣人の花嫁、花婿だから。


 獣人という種族の人たちは人と獣と双方の性質を持っていて、本能とか欲求に忠実な部分があるらしい。当然、伴侶も本能的に〝好ましい〟って感じられた相手が最優先される。


 あたしも従姉のレイちゃんもこの世界にいる誰かの〝好ましい〟相手だったのだ。


 この世界にきたばかりのときは怖かったし、不安だった。だって、普通に知らない場所に突然連れて来られるって、怖いじゃん?


 けれどこっちに来た理由を説明されて、生活する時間が増えていくにつれて怖いとか不安だとか、ネガティブな気持ちは薄れて消えていった。

 

 むしろどんな素敵な相手が迎えに来てくれるんだろうって、お披露目会が待ち遠しく思っていたくらい……だって自分を一途にいっぱい愛して大事にしてくれる人と出会って、想われたいって思ったから。

 

 そんな相手をあたしだって愛して大事にしたい。

 パパとママみたいに、愛して愛される夫婦になりたいって……そう思っても不思議じゃないでしょ?


 お披露目会が始まってからは、離宮でいろんなイベントが開かれてとっても楽しい気持ちでいっぱいになって、私は舞い上がっていた。


 綺麗で可愛いお菓子が並ぶお茶会、甘いロマンスが主体の演劇、手品や大道芸や朗読劇、魔法を使っているせいか見たこともない演出のものが多くて、あたしは夢中だった。


 あのときは自分のことを迎えにくる人がいることなんて忘れて、レイちゃんとイベントを楽しんで美味しい物を食べることに集中していたから。

 だから、周りの人たちが次から次へ迎えが来ていることに気が付いていなかった。


 もし、あのときあたしがお披露目会本来の目的を忘れていなかったら……レイちゃんにあんな大きなケガをさせたりはしなかったのかもしれない。そう思うと、とても辛い。


「アンナ様、おはようございます」


 小さなノックの後に入って来たのは、あたし付きの侍女だというイヴリンちゃん。レッサーパンダの獣人で赤茶色の髪に白い三角耳と長いしましま尻尾が可愛い女の子。濃い青緑っぽい色のワンピースに白いエプロンっていうお仕着せがよく似合っている。


「おはよ」


 あたしの身支度が終わってるのを見て、イヴリンちゃんは残念そうな顔をした。彼女はあたしの世話を焼きたいらしい、洗面の準備とか今日着る洋服を選んだり、髪を整えたり。


 こっちの世界では身分制度があって貴族階級の人たちは侍女や侍従に服を着せて貰ったり、お風呂で体を洗って貰ったりするのが普通なんだって。でもあたしは貴族じゃないから、着替えの手伝いとかいらない。子どもじゃないし、ケガして体が不自由とかいう状態でもないから。


 でも、イヴリンちゃん曰く子どもだとか体が不自由とかそういうのは関係なくて、貴族っていうのはそういうもの……つまり、自分自身ではなにもしないでお世話をされながら生活するものであるらしい。


 え? そんなの嫌。あたしはあたしのタイミングで起きて、顔洗ったり歯磨きしたりしたいし、自分の着る服は自分で選んで着られるし。


 そりゃあ……着かたが分からない服とかは着かたを教えて欲しいし、ひとりじゃ着られないようなドレスなら着せてもらうよ? 向こうでだって、着物や浴衣はおばあちゃんとレイちゃんママに着せて貰ってたしね。


 でも、普段着にしてるワンピース、ブラウスにスカート、パンツなら自分で着られるし! 着せてもらうとか絶対にない!


「……アンナ様、こちら旦那様からです」


「……」


 銀色のお盆に乗っているのは丸いガラス瓶に入っているカラフルなキャンディーと、黄色とオレンジ色の小さな花で出来た綺麗なアレンジメント。


「アンナ様」


「机の上に置いておいてくれる?」


「はい」


 イヴリンちゃんは私の机の上にキャンディーの瓶とアレンジメントを置いた。


 オフホワイトの机に温かな色味のアレンジメントと、優しい色合いのキャンディーはとても可愛らしく見える。昨日貰ったピンクと白の花で出来たアレンジメント、一昨日貰った透き通った薄紫のガラスペンとお花の形をしたペンスタンドとも違和感なく溶け込んでいるように見えた。


 たぶん、あの人から見たあたしのイメージなんだろうと思う。ふわふわとして淡く、可愛らしくて、甘い、そんなイメージ。


 王都でのお披露目会が終わって、あたしはあたしの番であるという……ウィリス・ファルコナー伯爵と一緒に彼が治める領地にある街へとやって来た。


 大事な従姉を、この世界でたったひとり血の繋がりのある家族であるレイちゃんを王都に残して。

「朝食の準備ができております、旦那様もいらっしゃいますから食堂へ参りましょう」


「……うん」


 あの人は伯爵っていう立場で、国境に接してる領地を管理していて忙しい。昼ご飯や晩御飯の時間は不規則で一緒に食べられないから、せめて朝ごはんは一緒に食べたい、というのが彼の希望だ。


 白い石造りのお屋敷は家っていうよりはお城みたいな感じで、やたら広い。このお屋敷に暮らして数か月経つけれども、まだ全体を把握できてない。


 使うようにと言われた部屋を出て廊下を進み、階段を下りて一階へ。一階に降りたら東側奥にある食堂へ向かった。


 お屋敷の一階は公の場として開かれている部分やお客様が自由に歩ける場所があって、領主である伯爵家の人が使うプライベートエリアは東側の奥まった部分に集中している。


 基本、あたしが利用するのは食堂と図書室、プライベートな庭が見渡せるサンルームくらいだ。あたし用の執務室だかって部屋があるらしいけど、行ったことはない。その部屋でなにをしたらいいのかわからないし。


「おはよう、アンナ」


「うん、おはよ」


 広々とした食堂にあるのは何十人も座れる大きなテーブル。でもテーブルに用意された朝ごはんは二人分、伯爵とあたしの分だけだ。伯爵は世にいう上座のお誕生日席に座って、そのすぐ横にあたしが座る。


「あ、お花とキャンディー、ありがと」


「ああ」


 席に着くと同時にこのお屋敷を取り仕切る執事のチェスターさんがスープを運んできた。今日のスープはコーンスープみたい、甘い香りがあたしの鼻を刺激する。その後すぐに目玉焼きとソーセージときのこのソテー、グリーンサラダの乗った大きなお皿がサーブされる。横に置いてある籠の中には、木の実が入ったパンが沢山入っていた。


 あたしはいつもやっていた通り、両手を合わせて「いただきます」と言ってからナイフとフォークを手に朝ごはんを食べ始める。伯爵はご飯前に紅茶を飲むのが習慣らしくて、あたしが食べるのを見ながらゆっくり紅茶を口にする……それが一緒に朝ごはんを食べるときのお約束だ。


「アンナ」


「なに?」


「今日の昼、王都から客人が来るんだ。その、私と一緒に会ってほしい」


「あたしも一緒に? 誰が来るの?」


 領主に会いたいって訪ねて来る人は毎日大勢いるのに、あたしも一緒にっていわれるのは初めてだ。


「…………レイ殿の、番だ」


 驚きが凄くて手から力が抜けてしまい、ナイフが落ちて床に転がる。


 カラーンっていう大きな音が広い食堂に響いて、その後あたしの「はああああああ!?」っていう声が響いた。

 一斉に獣人種族の皆が耳を伏せたのは、ちょっとだけ可愛く見えた。

お読み下さりありがとうございます!

2024年2月24日「ご縁がなかったということで!」2巻 がMFブックス様より発売となります。

美しくもかっこいいイラストで飾られ、本文には加筆修正を加えております。

紙書籍・電子書籍の双方があります、ご都合のよい方で皆さまの読書のお供に加えていただけましたら嬉しいです。

よろしくお願い致します!


番外編はレイの従妹、アンナのお話となります。

書籍発売記念、また本編完結後も大勢の皆様に読んでいただけた感謝を込めました。

4万文字弱程度で完結予定ですので、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。

こちらもよろしくお願いいたします!

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