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84 終章

 アラミイヤ国行きの定期船は、途中に小さな島を経由しながら十日ほどの時間をかけてアラミイヤ国の東側にある港街を目指す。その後、港町から船を乗り換えてファンリン皇国に向かい、皇国に入ってからは陸路を進んで皇都へ向かう。最終目的地はファンリン皇国の皇都ファンだ。


 船での旅は、砂海を進む。文字通り、砂の海だ。砂漠とは違って、本当に砂の海。

 砂が水と同じように波打っていて、砂の中には魚っぽい生き物や貝っぽい生き物が住んでいると聞いた。相変わらずこの世界は不思議だらけだ。


 船尾のデッキから、後ろへ後ろへと流れていく黄色みがかった砂の海を眺めた。オレンジ色の強い夕日と黄色みの強い砂がキラキラ光る。遠くに女神の大樹が光っているのが見えるけれど、それが徐々に小さくなっていく。


「……リアムさん、ありがとうございます」


「ん?」


 並んで同じように景色を眺めていたリアムさんを見上げると、目が合う。青色の瞳は疑問を浮かべていた。


「杏奈に連絡してくれて。出発前にあの子に会えて良かったです、安心しました」


「そうか、なら良かった。余計なことをしたかな、とも思っていたから」


「余計なことだなんて、そんなことないです。杏奈の顔が見られて安心しました。それから……私の我儘を聞いてくれたことも、ありがとうございます。それと、ごめんなさい」


 国から貰った別の国へ行く権利、私はこの権利を使った。といっても、前もって言われていた通り個人で行くことは許されなくて、行くことが出来る国もファネト王国と直接の国交があり、友好的な関係にある国だけだと言われた。


 そう言われてから、日本だって国交のある国にしか基本一般人は行けなかったんだから同じだ、と気が付いた。個人で好き勝手国を渡り歩くなんて、難しいことだ。


 今回は、ファンリン皇国へ国費留学生たちが向かう一団の中に入れて貰って移動すること。今現在皇国で勉強している人たちが帰国するときには、またその一団に入れて貰って帰国するという行程での出国が認められた。


 あちらでの滞在期間は半年程度と、私が考えていたよりずっと短い。

 ちょっと不満だったのだけれど……大公閣下に笑顔で「何か問題が?」と言われ、イーデン執事長にもニッコリと微笑まれて気が付いたら「問題ありません」と言っていた。


 あの二人、笑顔が怖い。


 私としては念願だった中国や日本といった、アジア圏に生活様式や文化が近い国に行くことが認められたわけだけれど、……リアムさんは、大きな決断をした。そうさせてしまったのは、私なんだと思う。


 実家である伯爵家から出て貴族から平民という立場になり、王宮での仕事も辞めてしまったのだ。


「気にしなくていいんだ。元々俺は貴族籍から抜けて平民になる予定だったし、王宮文官の立場も王子殿下の侍従という仕事も拘っていたものではなかった。だから、丁度良かったんだ。あ……も、もしかして、レイナは貴族になりたかった?」


 少し慌てた様子でリアムさんは私の肩を抱いて、顔を覗き込んで来た。


 私の答えは当然ノー。


 身分制のない社会に生まれ育った私に、今から貴族としての生活が出来るなんて思えない。豪華なドレスやアクセサリーにも、誰かにお世話を焼いてもらう生活にも興味はない。


 そもそも、私が最初に惹かれたリアムさんは商業ギルドの守衛をしていたリアムさんだ。


「貴族は勘弁して貰いたいです」


「良かった」


 抱き寄せられて、腕の中に納まる。

 最初は抱きしめられると心臓が爆発しそうなくらいドキドキしたし、顔は真っ赤になるしで慌てちゃっていたけれど……今はドキドキするけれどリアムさんの腕の中にいると安心出来る。大きくて、温かくて、良い匂いがする。


「でも、貴族籍のことはともかく、王宮文官まで辞めなくても……」


 王宮に勤める文官さんたちは貴族に限らない、貴族籍を抜けてもそのままの部署で勤めることが可能だと聞いた。


 それなのに、リアムさんは貴族籍を抜けて改名する(生まれた家の性は名乗れないので、籍を抜ける貴族の次男三男は二つある名前のうちの一つと、新しい性で改名するのが一般的らしい)のと同時に王子殿下の護衛兼侍従を辞めてしまった。


 その後、アディンゼル大公の麾下に入って、キムやルークさんの後輩という立場になったのだ。


「レイナは旅から戻っても、王都に暮らすつもりはないだろう? 王宮文官でいたら、レイナと一緒に居られないから」


「ええっ!?」


 私が王都に居たくないからって、そんな理由で……


「本当に気にしないでいいんだ。俺は、レイナと一緒に居たい。キミと一緒なら、どこに暮らしたって構わないし、身分だってどうでもいい。キミが行きたい所があるのなら、俺が連れて行く。だから……」


 私から僅かに体を離し、リアムさんは私の左手を取ると器用にどこかに隠し持っていたらしい指輪をスッと嵌めた。


 左手薬指に嵌ったそれは、女神様がくれた神紋の中心にある花の上に濃い青色の宝石で出来た花を咲かせている。


「え……」


 指輪という装飾品はこの世界で一般的ではない。


 性別に関係なく剣や槍を振るうことのあるこの世界の人たちの中では、指輪は邪魔になってしまう。だから、装飾品としては髪飾り、イヤリングやネックレス、ブレスレットが一般的だし好まれる。


「もっと早く贈るつもりだったんだけれど、なかなか贈れなくて。ようやく贈れた」


 青色の小さな花がデザインされた指輪は、オレンジ色の夕日を受けてより深い色になってキラキラ輝く。


「レイナの世界では、左手の薬指に嵌める指輪は特別な意味があるんだろう? 女神が下した神託の印がどうしてこの場所なのか、ずっと不思議に思っていたんだけど……大事な意味があるんだと知ったんだ」


「それ、リアムさんに教えたのって杏奈ですか?」


 そう尋ねれば、リアムさんは苦いものを口に入れたかのように眉を顰めて、私の手を強く握った。


「……ネコ野郎が、レイナの世界で結婚を前提にして恋人へ贈る装飾品は指輪が一般的だ、と」


「ああ、キムが」


 キムの番さんのお墓には指輪が収められていた、きっとあれはキムが番さんに贈ったものなんだろう。指輪の習慣について知っていたのも頷ける。


「レイナ」


 リアムさんが私の左手にキスをする。手の甲に、薬指に嵌った指輪に、指先に。


「キミと命尽きるまで共に居ることを誓う。俺がキミの側に居ることを許してほしい、女神が決めた運命だの縁だのではなく、キミ自身が……俺の、リアム・ガルシアの側にいることを望んで欲しい」


 この先どこでどんな生活をするか、誰とどんな関係を結んで行くのか……そういったご縁に繋がることを、私は自分自身とリアムさんと決めて行きたいと思った。


 私の人生の中の一部に、リアム・ガルシアというオオカミ獣人がいる。

 この先の人生をリアムさんと一緒にと決めたのは私、女神様じゃない。


「私は意地っ張りで、変な所で行動力があって、でも実は臆病でもあって。一緒に居たら、きっとたくさん迷惑かけて心配もかけてしまうと思います。それでも、私と一緒に居てくれますか、リアム・ガルシア様?」


 せっかく異世界に呼んでまで、運命の人とか生きる場所を女神様は用意してくれた。こちらの世界で番である人と共に幸せにこの世界で生きて欲しい、という気持ちは有難いのだけれど……それを押し付けられて生きるのは、ちょっと違うと私は思う。


「それは、俺の望みでもある。……これからずっと、一緒に居よう」


「はい」


 私は今、フェスタ王国から砂海を越えて外国へ向かっている。


 異世界から来た番は呼ばれた国から基本的に出ることはない、というのだから……私は規格から外れてしまった存在だ。思い返せば、最初から私はどこか決められたこの世界の基本から外れていたように思う。だったら、それでいい。


「――傷ついたことも悩んだこともあったけれど、ずっと、ずっとあなたが好きで……だから、今とても嬉しいです。リアムさん、私を追いかけて来てくれてありがとうございます」


 私は自分で自分の歩む道を決めて、そんな私がいいと言ってくれる人と一緒に歩いて行く。


 女神様、あなたが最初に決めて下さったこと、それと私は〝ご縁がなかった〟ということで。



 ***



 水と同じ波音をたてながら、定期船は滑るように砂海を進む。


 船尾のデッキから見える黄緑色に輝く女神の大樹は、オレンジ色の強い夕日に負けることなく優しい光を世界に向かって放つ。それはこの世界に暮らす全ての人たちに与えられる女神の加護であり愛だ。


 違う世界からやって来て新たな縁を得て自ら歩み始めた者にも、異世界からやって来た者との縁を結び愛し共に歩むと決めた者にも降り注ぐ。


 女神からの愛は永遠に、世界中の誰にも平等に降り注ぐのだから。



 《終》 

「ご縁がなかったということで!」これにて完結でございます。

 週に1回更新というのんびりした更新に最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 連載中に評価、イイネ、ブックマークなどの応援を沢山いただきました。その応援のおかげでここまで書ききることができましたし、書籍化もしていただくことができました。

 長い間のお付き合い、応援、本当にありがとうございました。


「ご縁がなかったということで!」WEB版本編は、これにて完結ですが、番外編というかこの物語を書き始めたときからリクエストをされていた人物のお話を準備が出来次第、投稿しようと考えております。またその時は、よろしくお付き合いいただけますと嬉しいです。

(番外編投稿開始時期やその他のお知らせは『活動報告』に書き込む予定です)

 

 本当に長い間のお付き合い、ありがとうございました!

 よろしかったら、別作品の方でもお付き合いいただけますと……心の底から嬉しいです。よろしくお願い致します。

 

◆「巻紙屋ユーリア ―半精霊は精霊騎士との夢を見ない―」

 (第一部完結/2024年3月頃・第二部投稿開始予定)





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