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港を一望出来るカフェのテラス席からこれから乗る船を見る。少しばかりアジア的だなと感じるのは、帆の形が違うからだろうか。
大きな船の向こうには真っ青な空に白い雲が浮かんでいて、茶色の羽を持った鳥が群れを作って飛んでいるのが見えた。
みゃあみゃあと猫のような鳴き声で鳴く鳥は砂鳥と言われていて、羽を広げると四メートルにもなる巨大な鳥だ。昔、両親と行った港町で見た海鳥によく似ている。色合いと大きさは違うけれど、船を係留する港にいる所も一緒だ。
「お嬢さん、お待たせ。荷物の搬入は終わったヨ」
キムは私の座るテーブル席に座ると、この辺の名産果物を使ったジュースを注文する。
「ありがとう。時間かかったね」
「アラミイヤ国行きの定期便は数が多くないから、乗る客が多いんだヨ。今回は国費留学生が五十人も乗るからいつもより人数が多くネ。途中で降りる奴もいるしサ。だから仕方がないヨ」
キムの言うように、荷物の受付所と乗船受付所には大勢の人が集まっている。種族は様々で、服装も色々だ。
あの人たちがみんな同じ船に乗るんだなぁ、なんてぼんやり思っているとビタミンカラーのジュースが運ばれてきた。
「荷物よりも乗船手続きの方が大変だヨ。後ろ盾のある人間が一般の船に乗るからもう、そりゃあ大変ヨ」
うははっと笑い、キムはジュースを飲む。
「……だから自分は荷物搬入の方を選んだんだ」
「そうだヨ。お嬢さんの護衛としても、大公閣下の麾下としてもあっちが後輩なんだからサ。大変な方を引き受けるのは当然だネ」
そう言ってニヤニヤ笑いを浮かべながら乗船手続き受付の方を見た。そこには書類手続きをするリアムさんの姿がある。
「手伝いがいるんじゃないの?」
腰を浮かせると、肩に手がかかり椅子に戻された。
「あの人混みの中にお嬢さんを行かせられないヨ。じきに終わるから待っててネ。大丈夫、ああ見えて彼は元王子付きの王宮文官だヨ? 書類仕事なんてお手の物サ」
それはそうなんだけれど、私だけ何もしていないのが気にかかる。でも、私が出て行って役に立つとも思えない。
キムの言うように船に乗る大勢いる一般のお客さん、フェスタ王国からファンリン皇国へ向かう二十人の留学生、アラミイヤ国へ向かう三十人の留学生でごった返している乗船手続きや荷物預かりをする場は、ライブ会場か初詣のお寺のようにごった返している。
あの場所では揉みくちゃにされてケガをするか、行方不明になるのが関の山だ。
「それで、これからの予定と王太子殿下と大公閣下からのお願いは頭に入ったかナ?」
ジュルジュルと鮮やかなオレンジ色をしたジュースを飲み干し、キムは首を傾げた。
「うん。私たちはあの船に乗って、国費留学生たちと一緒にアラミイヤ王国を経由してファンリン皇国へ向かう」
「アラミイヤ王国との国交は長いけど、ファンリン皇国との国交はここ五年と日が浅いんだヨ。交換留学が始まったのも三年前、まだまだ東方諸国は我が国にとっては未知の国なんだよネ」
「だから、留学生たちとは別に王太子殿下と大公閣下のご命令で〝異世界からの者としての目を持って、ファンリン皇国の社会と文化を見聞する〟んだよね。見聞したことを書類に纏めて、帰国後は直に説明するのが私の任務!」
「……注意事項は覚えてるかナ?」
ジュースがすっかりなくなったグラスをテーブルの隅っこに寄せ、キムは私の顔を覗き込む。その顔には不安とか不審の表情が浮かんでいた。
「ええと、道中は留学生たちと同じ行動を取ること。留学生たちの護衛が一緒に私たちのことも護衛してくれるから」
「それから?」
「勝手な行動はとらない、ひとりにならない、あやしい物を食べない、知らない人について行かない。……ねえ、さすがに子どもじゃないんだからそんなことしないってば」
まるで幼い子どもに言い聞かせるようなことまでわざわざ書面に書かれていたから驚いたし、不満に感じた。
「だーって、お嬢さんには前科があるしネ」
「だからって!」
私は勝手にフェスタ王国を飛び出したという前科があるので、その行動力でまたどこかに飛び出しかねない、と疑われているらしい。それは、私が勝手に外国に行ったらダメな立場だって知らなかったからで……今はちゃんと理解してるって言っても、あんまり信用されていない。
キムは首を左右に振って、もふもふした尻尾で私の額を軽く弾いた。
「フェスタ王国は治安が良い国だから多少好き勝手に動き回っても平気だけどサ、船に乗った先は外国だヨ。アラミイヤ王国は治安が良い悪いがはっきり分かれている国だからまだ対処のしようがあるけど、ファンリン皇国はまだ内情が完璧には把握出来てない。用心に用心を重ねるくらいじゃなきゃダメなんだヨ」
「でも……」
「嫌なら今からでもファンリン皇国行きを取りやめて、レリエルに戻っ……」
「言うこと聞くから! 王太子殿下と大公閣下との約束も、ちゃんと守るから!」
普通ならここまで来てファンリン皇国行きを取りやめにするなんて出来ないだろうけれど、キムの場合はやってのけそうで怖い。
「絶対だヨ? まあ、今は後輩オオカミくんがくっ付いてるから無茶は出来ない、とは思うけど……慎重に行動するようにネ」
「分かった、ちゃんと言うこと聞くから」
「じゃあ早速、言うこと聞いて貰おうかナ」
「なに?」
「アレの相手をしてヨ」
「アレ?」
キムの指が〝あっちあっち〟とカフェのある通りを指した。通りには沢山の人が歩いている、ここに到着した人も、ここから旅立つ人も、この街に暮らしている人も。
けれど、キムが〝アレ〟と呼んだ人たちはひどく目立っていた。
「あ、いたいた! レイちゃ~ん!」
「アンナ、走ってはダメだっ、危ないだろう!?」
「レイちゃ~ん! レイちゃ~ん!」
「アンナっ」
淡い水色をした可愛らしいワンピースの裾を揺らして、長かった髪を肩までのボブにした杏奈が走って来る。その後ろを体の大きなクマ獣人が慌てて追いかける。
「……杏奈? なんでここにいるの、なんで髪短くしてるの?」
「髪のことは知らないけどネ、この港街ファルコナー領だし、彼女が暮らしている街はここから馬車で一時間って所だヨ。出発前に従妹に顔見せておいた方がいいんじゃないかって、後輩オオカミくんが連絡入れたんだネ」
リアムさんが?
乗船手続きをしているリアムさんの姿を探そうと、沢山の人が列を作っている方に視線を向けるも「レイちゃんっ!」と言う声と共に杏奈が勢いよく抱き着いてきて、目の前は水色でいっぱいになった。
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