閑話24 マリウス・ベイトの心配
「レイちゃんは国に帰っちゃったよ? 凄く寂しいし、あの美味しいご飯が食べられないのだって悲しい。でも、このままでいたらレイちゃんが作ってくれた東方商品の流行、東方商品の販売を、他所の商会に奪われちゃうじゃないか!」
バァンッ! とテーブルの天板をバーニーが叩き、ミルクティーの入っているカップがその衝撃で動いた。
「そんなの、許せない。だから、こっちもなにか打って出よう!」
「バーニー……」
「次レイちゃんに会ったとき、……レイちゃんが中心になって皆で作った商会発の東方好景気は、こんな風に成長したんだよって報告したい。廃れたとか、他所の商会に取られたとかは絶対に言いたくない」
次、レイちゃんに会ったとき……またあの子に会うとき、僕は……
「そうだ。バーニー、たまには良いこと言うじゃないか」
扉が開きっぱなしになっていた休憩室にグラハム主任が入って来た。手には大きな四角い箱が三段ほど重なった物を持ち、茶色の油紙に包まれた長細い筒のような物を数本脇に抱えている。
「グラハム主任」
「大東方博覧会とやらのことを調べてきたぞ」
テーブルに四角い箱を置き、グラハム主任はバーニーと他商会が開催を企画している大東方博覧会の話を始めた。
僕が想像していた程大規模ではないことや、主には東方食品の販売が中心であるとか。試食を多数用意していると言ってもリョクチャやマッチャを味見させて、カユを少しばかり試食させる程度であるらしい、とか云々。
「それでも、ウチだってなにかやらなきゃダメだと思うですよ!」
「そうだな、俺もそう思った。だからレイが作ってくれていた商品一覧表を見ながら、商会の倉庫を確認して来た。それで見つけたのがコレだ」
三段に重ねられた四角い箱を開けると、中から出て来たのは東方の装飾品だ。
色水晶や真珠などで作られた花や蝶、球型や雫型の宝石が揺れる美しい髪飾り、クシやカンザシと呼ばれている品。僕もその美しさに魅せられて、小さな飾りの物を個人的に購入して髪を纏めるのに使っている。
「それと、コレもだな」
抱えていた筒の油紙を開けば、中から出て来たのは煌びやかな布だ。
「凄い凄い、綺麗な生地!」
バーニーは広がった布を手に取り、目を輝かせる。
テーブルに広がった赤や水色や緑といった華やかな色合いの布に、細かく縫い取られた刺繍がとても美しい。東方ではこの布で衣類を仕立てると聞いていた。
「確かにとっても綺麗なんだけど、さすがにこの布でドレスを仕立てるのは難しいんじゃない?」
生地としては上質で、染めも刺繍も煌びやかで美しいけれど、この国の人たちの衣類には出来ないだろう。デザインがあまりに東方風に過ぎていて、この国のドレスデザインには合わない。
「それはレイも言っていた。だが、扇子の布地や小さな鞄、ポーチ、室内用靴。後は布製のコサージュ、髪飾りなんかの小物類にすると需要があるだろう、とな」
「……なるほど」
グラハム主任は僕の頭をぐりぐりと掻きまわして、髪を纏めていたカンザシがチャリチャリと音を立てて揺れる。
「レイの兄貴分なんだろう。妹が主体になって残した事業を引き継いで、更に大きくしようとは思わないか? 次にレイに会ったとき、胸を張って言えることを成し遂げたいと思わないか?」
「………………もう、分かりましたよ」
僕は大きく息を吐いて、気持ちを入れ替える。
「そんな風に言われたら、やらないわけにはいかないじゃないですか」
そうだね、レイちゃん。僕たちは二度と会えないわけじゃないんだよね、また僕たちは会える。
きっとキミは持ち前の頑張りでもって、フェスタ王国でも頑張ってるんだと思う。守衛くんとの関係も、自分なりに考えて結論を出していると思う……キミらしく、前向きに。
「よし。それじゃあ、意見を出し合って企画書を作ろう。その後、新商会長へ提出して決済して貰えるように頑張ろう」
「おー!」
「おう!」
三人で声をあげていると、「何事?」と数名の社員が休憩室に入って来てテーブルの上にある東方風のアクセサリーや美しい布地に目を見開いた。
そして、バーニーが自慢げに「レイちゃんの作ってくれた東方好景気を廃れさせず、ランダース商会の手にその主流を取り戻すんだ!」と叫び、まだ計画とも言えない話を披露する。
皆は呆れるか、苦笑いを浮かべるか……だと思ったのに、僕の予想は外れた。
「そうだそうだ!」とか「俺たちの商会がやらなくちゃだ!とか「東方好景気は俺たちが続けるっ」 と賛同し始めてしまったのだ。
「……」
まさか賛同する者が増えるとは思っていなかったし、増えるとしてももっと計画が具体的になって動き出してからだと思っていた。だから……僕は驚いて呆然とバーニーを中心に盛り上がっている社員たちを見つめる。
「マリウス、しっかりしろよ」
「グラハム主任……」
「大丈夫だ。俺たち三人でやりきれないことも、こうやって人手が増えれば出来るようになる。新しいアイディアだって出て来るだろうし、会社側だって無視出来なくなってくる。纏めるのは大変だろうが、やりがいはある」
「……」
「この企画を成功させて、ファンリン皇国やポニータ国へ実際に行こう」
なに言ってるんだこのオッサンは? そう言おうとした瞬間、グラハム主任の大きな手が僕の背中をバンバンッと叩いた。力強く叩かれて背中にしびれるような痛みが走り、一瞬息が詰まる。
「なっ……なにを言って……」
「俺は見たいんだよ。実際にこの目で東方の国々の景色、食べ物や衣類、演劇や音楽……あの子が見たい、行きたいと願っていた場所をさ」
「…………確かに、僕も行ってみたい。きっと、レイちゃんの生まれた国と近い部分がある国なんでしょうね」
「ああ。それに、こっちで東方の商品がもっと気軽に手に入れられるようになったら、きっとレイは喜んでくれるだろう」
ああ、そうだ。レイちゃんは気軽に出国出来ない立場で、それを自覚してしまった。そうなったあの子が、故郷の品や味に近い物を手にするためにはお店で購入するしかない。
でも、東方の品を買えるお店はまだ少ないし、品揃えが豊富とも言えない状態だ。
「そうね、僕たちは商売人だから。商売人らしく、妹分を喜ばせてあげなくちゃ……だね」
「よし! 騒ぐのは終わりだ、我々の東方企画について話し合いを始めるぞ。バーニー、明後日の会議室を押さえておけ、みんなはそれまでに東方商品に関係する企画を考えて纏めてくれ。明後日、それぞれ発表して話を進めて行くぞ!」
誰もが東方商品を気軽に買って楽しめる、それが当たり前になるように……僕たちは動き出す。
レイちゃんとまた会ったとき、沢山の商品を見てあの子が笑ってくれるように。「マリウスさん、頑張ったんですね! 流石です」と褒めて貰えるように。
「いいな、マリウス」
「勿論ですよ」
僕は重たくなっていた腰を上げる。
レイちゃんのように、前を向いて歩いて行くために。彼女に笑われないように。
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