表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/122

81

「ほうほうほうほうほう!」


 ゆっくりとした歩調で近付いてきた大神官長様は、嬉しそうに声を上げて私の左手をじっと見つめた。


 左手の熱は数秒で引いていて、なんともなくなっているけれど、一体なんだったんだろう?


「これが神託の結果というやつですな! これが、女神の是認」


「ぜ、にん?」


 どういう意味だっけ? 認めるとか肯定するとか、そういう意味だっけ?


「オルコック殿にも……、おお! ほお、これは良い! 誠に素晴らしいことですな! 長年神殿にて女神様に奉じてまいりましたが、これを目の当たりに出来る日が来ようとは……」


 感極まっている大神官長様は、女神様を奉る言葉をひとりでぶつぶつと呟き始めてしまった。こんなに愛して自分を奉じてくれる大神官様がいて、きっと女神様も満足に違いない。


 私から見たら、ただの困ったお爺さんだけども。


「レイナ、大丈夫か? 気分が悪いとか、頭が痛いとかはないか?」


「大丈夫です、リアムさんこそ平気ですか?」


「ああ、俺は何ともない。それより……これは?」


 リアムさんは私の左手を救い上げて視線を落とす。そう言えば大神官長様も私の左手を見ていた。


「……なに、コレ?」


 私の左手の薬指、第二関節から手の甲の間に青緑色の蔦模様が浮かんでいた。関節の真ん中には小さな花模様が一輪、真珠のように輝く白色に咲いていた。

 さっき左手が熱くなった理由がこれだろうか?


「同じ物が俺にも出来た」


 リアムさんの左手薬指にも、全く同じ蔦模様と花が咲いていた。


「それこそ、女神の是認! ふたりの関係を女神様が祝福し、お認めになった証ですぞ!」


 大神官長様はリアムさんと私の左手を手に取り、交互に何度も見ては「うむ!」と満足そうに頷く。


「ブレナン大神官長、この模様が女神の是認だと? 神託の結果だとおっしゃる?」


「そうとも! この神紋は女神様がお認めになった者だけに授けられるもの。……先ほど話しましたエイダ姫、彼女も是認を受けたと伝えられておりますよ。番相手である男性と揃いの神紋を、お互いの左手首に授けられたと」


 自分が相手だと名乗り出た男性が本当に自分の番なのか、それが分からなかった王女様。彼女はそれが本当なのか知りたくて女神様に聞いた、その答えがお揃いの模様だった。お揃いということは、番だという証明。


 リアムさんと私の薬指に同じ模様が浮かんだということは、私たちが番だと証明されたことになる……のだろう。


「おや? おやおやおや、エイダ姫と番殿の授かった神紋とは花模様も、浮かんだ箇所も違うようですな。これは、ふうむ。うむ、うむ」


 大神官長様はひとりで納得したようにうんうん唸って、私たちの手を放してくれた。


「花模様が違うことに意味があるのですか?」


「エイダ姫と番の左手首にあった模様の花はユリとスイセン、二輪は茎を絡めるように咲いていたと」


「ユリとスイセン?」


「エイダ姫の花がユリ、お相手がスイセン……そう推察されますな。ふたりが番である、という証明という意味では。けれど、おふたりは大樹の花一輪」


「……その意味する所は?」


 大神官長様はまた「ほっほっほ」と皺を深くして笑った。


「女神様が決めた縁ではなく、おふたりが自身で願った縁を祝福してくれた……のではないかと、推察しますですな」


 推察だ、とそこを強調しながらも大神官長様は嬉しそうに、またリアムさんと私の左手を見て笑った。


「……レイナ」


「はい?」


 私は再びリアムさんに両手を取られた。真正面に向き合うのは……初めてかもしれない。距離も微妙に近くて、心臓が大きく鼓動する。


「キミが好きだ。だから、俺と〝付き合って〟下さい」


 聞きなれない言葉を聞いて、私はきょとんとしてしまった。


 こちらの世界では〝付き合う〟という言葉は一緒にどこかへ行くという以外の意味はない。男女間の交際についての意味合いはないのだ。


 番同士ならばすぐに婚約をして結婚に至るのが一般的だし、番同士でなくても数週間から数か月の交際期間を経て、婚約結婚になる。


「俺の〝彼女〟になって、俺を〝彼氏〟にして。キミを大事にするから」


「……どうして、その言い方」


「従妹殿から聞いた、レイナの世界で恋した相手とどういう手順で関係を深めていくのかについて。最初は知り合って距離を縮めて、それから告白」


「……」


 いまここ、とでも言いそうないい笑顔だ。

 手をぎゅっと握られ、リアムさんは改めて言った。


「女神の決めた運命の相手、ではなくて……俺自身がキミに恋をして、ずっと一緒にいたいと思った相手がレイナだから。俺が自分で決めた相手はレイナだけ。だから……俺の彼女になって欲しい」


 女神の決めた運命という縁ではない、自分が決めたと言われて……こちらの世界では一般的ではない、私の知る交際の手順を踏んでいこうとする心遣いに私の気持ちは落ちた。


 そもそも、この人は勝手に出て行った私を追いかけて来てくれて、番とは関係なくゼロから関係を築こうとしてくれた。


「もちろん、将来のことは視野に入れての交際だから」


 私の手首には、リアムさんから贈られた白花モチーフのブレスレットが光る。白花祭りの日に付けて貰って、そのときから外したことはない。外そうとも思わなかった。


 今思えば、私自身自覚のない自分の気持ちだったのかもしれない。


 この人と一緒にいたいって、そういう気持ち。


「……はい」


 返事をした瞬間、大きな体に抱きしめられて額や目尻、頬にキスの雨が降って来る。チュッチュと聞こえるリップ音が恥ずかしくって顔を少し背ければ、満面の笑みを浮かべた大神官長様と目が合った。


「……っ! り、リアムさんっちょっと、止めっ」


「無理。やっとレイナを抱きしめられる権利を貰ったのに、止めろとか無理」


 人前だっていうのに、キスの雨は止むことがない。


「ほっほっほ。若いと言うことは、良いことですな。それに……自ら運命の縁を手繰り寄せたふたりが、共に居ることを望み誓ったその瞬間に立ち会えたことも、これまた良きこと」


 大神官長様は笑い、神殿でお祝いのときに歌うのだという〝祝福の歌〟を歌ってくれた。


 その声はゆったりとしていながら澄んでいて、とても耳に心地いい。


 女神の大樹のお膝元という不思議空間中に響き渡った。


 体中がほんのり温かく感じるのは、歌のせいか、不思議空間のせいか、力強く抱きしめられているせいか。


 歌声に合わせるように、大量に降って来た光球の間から女神の大樹を見上げて心の中で呟いた、女神様に届くように。


 私が自分で決めた好きな人との縁を認めてくれて、お祝いしてくれてありがとう。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

いつも応援いただき、感謝です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ