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93 地下道のバルマー

 明かりが見えたので走った。


 壁にかけられたランタンだと思いきや、広い空間だった。何も考えず、飛び出してしまった。


 地下室には七人の男がいた。薄明かりの下でもわかる真っ白な長いコートを着た人物がいた。バルマー局長だ。


 ほかに見た顔がひとり。脂ぎったオールバックの中年は、ヨーフォーク三世だ。


 ほかの三人は顔にドクロが書かれた頭巾をかぶっている。趣味が悪い。お前らは仮面ライダーのショッカーか。


 黒犬は、部屋の隅にいるドクロ男の二人と向き合っていた。いや、その男二人の後ろ。石の椅子に座ったひとりの女の子。カリラだ。


 ハウンドは、カリラの匂いを嗅ぎつけて走り出したのか。


 カリラを見た。目を見開いて、身動き一つしない。おそらくマヒ呪文。


 かっ! と血が上りそうなのを抑えた。七対一、いや、こっちには二匹いるから七対三か。人数が圧倒的に不利だ。


 バルマー長官の前に立った三人は、剣を抜き、おれに向かって構えた。敵の後ろには、暗い穴が開いていた。どこかへと抜ける通路か?


「チック出てこい」


 チックがおれの肩に上がってくる。


「撃てと言うまで、撃つなよ」


 相手にも聞こえるように言った。ハッタリみたいなもんだが、七対二と思われるよりいい。


「意外な人物の御出座。第一幕の終わりとしては、良いのかもしれません」


 口を開いたのは、バルマーだ。


「お前が黒幕なのは、もう、みんなが気づいている。終わりだ」

「遅すぎます。動くのが」


 遅すぎる? 意味がわからなかった。


「怨霊が出た依頼を忘れましたか?この霊廟に三教団を示す物は置いておきました。しかし誰も、この中に入りません」


 あの怨霊退治。あの時から狙っていたのか。


「次に離れ島の小屋を用意しておいたのですが、これも、誰も気づかない。貴殿にも依頼書を授けたのに、一向に動く気配がない。あの三件は全て、離れ島の近くです」


 あれもか! ほかで忙しくて見てもいない。


「子供がさらわれた、というのは、やはり大人の心を動かすようです。ようやく事が動きました」


 自分が犯人だとバレてもいいのか? バルマーの考えている事がわからなかった。


「さて」


 バルマーが手にしていたステッキを一振りすると、黒犬の唸りが止まった。全身の毛を逆立てている。嘘だろ! いつマヒ呪文を唱えた?


 バルマーはカリラに近づくと、足をポンとステッキで叩いた。髪の毛を鷲掴みにして引っ張るとカリラが立った。カリラの目がさらに大きく見開く。


 おれはカッとなり動き出そうとしたが、前の三人が反応したので、そちらに剣を向ける。


 カリラは硬直したままだったが、足は動くようだった。


 バルマーはカリラを連れ、さきほど立っていた奥への通路前まで戻った。もう一度、カリラの足を叩く。カリラが直立不動で動かなくなった。


「バルマー」


 名前しか言えなかった。しゃべると、自分がブチ切れそうだ。


「勇者殿、お待ち下さい。ヨーフォーク、こちらへ」


 呼ばれたヨーフォーク三世は、脂汗を吹き出しながら前へ出た。


「この少女の横に立って。そう、そうです」


 バルマーは、ヨーフォーク三世をカリラのすぐ横に立たせ、ステッキで足を叩いた。


「バ、バルマー様」


「この男は、私に多大な借金がございまして。使いみちもなかったのですが、よい見せ場ができました」


 バルマーはそう言うと、腰から短剣を引き抜きヨーフォークに握らせた。それを勢いよくカリラの首筋に突き立てる。


「よせ!」


 短剣は首筋の寸前で止まった。いや、少し入った。カリラの首に赤い糸のような筋が流れる。


 バルマーはステッキを持ち上げ、ヨーフォークの肩を叩いた。


「全身が硬直しておりますが、このまま貫くほどの動きはできます」


 バルマーはヨーフォークの横へまわり込み、にこりと満面の笑みを浮かべた。


「近寄ってきたら、刺しなさい。それしか、あなたの生きる道はありません」


 今度はおれのほうを向く。


「勇者カカカ殿、この地下から退散すれば、この子は後ほど、帰しましょう」


 絶対に帰って来ない。しかし、動くこともできなかった。


「では、それ以外の皆々様は、ご退場と参りましょう」


 バルマーはそう言って奥の通路へと消えた。ほかのドクロ頭巾をかぶった男たちも、おれに剣を向けながら後退した。ひとり、またひとりと消えていった。


 少しでもおれが身体を動かすと、ヨーフォークは目を見開き、短剣の切っ先が震える。その度にカリラの首に赤い血の糸が流れた。


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