89 見取り図
ダネルの身体に触れた。もう一度、回復をかける。
石を握ろうとして、石を落とした。その石を拾おうとして、倒れる。
「あいかわらず、無茶が好きじゃの」
ひっくり返った視界に誰か現れた。もじゃもじゃの白髪をした、じいさんだ。
「あれ? 追跡の魔法とかあるんですか?」
よくおれの居場所がわかったもんだと思ったら、もう一つ、のぞき込む顔があった。グレンギースだ。なるほど。連れてきてくれたのか。
「そんな便利な魔法はないわい」
そう言って、アドラダワー院長はダネルの横に膝をついた。身体に手をかざし、目を閉じる。おそらく、特殊スキルだろう。
「ほう、クリッターの毒を使ったか。考えたの」
それから首に下げた色々な色の石から、前に見た真っ黒い石を指に挟んだ。
「身体に流れる力が滅茶苦茶じゃ。一度、全部を吸い出す」
院長がぶつぶつ何かつぶやいた。ダネルの身体から湯気のような物が立ち上がり、黒い石に吸い込まれた。
院長は持つ石を変え、今度はダネルの額に手をやった。二人が光り始めた、と思ったら、その光は目を開けられないほど眩しい光になった。
光が収まると、院長は手を離していた。
「助かったのか?」
玄関から声がして振り返る。声の主は憲兵隊の三番隊長、ガレンガイルだった。そばに、さきほどの若い憲兵もいる。
「カカカ、いったいこれは?」
「おれにも、さっぱりわからん。血まみれで帰ってきた」
なんとか立ち上がり、ガレンガイルを見た。服が汚れている。右腕には包帯を巻いていた。
「そっちは?」
「離れ島のアンデッドを掃討した。あの小屋の中には、教団の物と思われる神具もあった。もはや間違いないだろう」
「どこの教団?」
おれの問いに憲兵隊長は、苦々しい顔で首を振った。くそっ、特定できないのか。
「違う、そうじゃねえ」
「ダネル!」
意外すぎる声におどろき、あわてて駆け寄った。
「気づいたのか?」
「ああ、すこぶる気分はいいが、身体は、まったく動かねえ」
ダネルは仰向けで目を開けているが、ピクリとも動かない。
「すまん。お前の店の回復石と魔力石、使いまくったぞ」
「どのくらいだ?」
「木箱で、四箱ほど」
「四箱! 高くついたな、俺の命は」
それより、刺された原因だ。
「ダネル、何があった?」
「おめえの行ってる初等学校で、四人のガキが消えた。その話は俺の耳にも入った」
「ダネルも探してくれたのか!」
「おめえの性格だと、やっきになるのはわかってるからな。それに俺は道具屋だ。冒険者以外にも顔が広い。そこでな、食い物を売ってる店に片っ端から当たった」
食い物? 意味がわからなかったが、ダネルが続いて説明してくれた。
「四人のガキが一度に消えたとなりゃあ、やったのはひとりじゃねえ。かなり人手がいる。人手がいるなら、食い物がいる。ここ最近、変にまとまった注文がなかったか、聞いて回ったのさ」
「まったくもって正しい推論だ」
憲兵隊長のガレンガイルもダネルのそばに膝をついた。
「何ヶ所か、怪しげな事がわかった。空き家だったのに最近になって大量の配達を頼まれたりな」
「そこで斬られたか」
ガレンガイルが言った。
「隊長にでも言うべきだったな。不慣れな事をしたら、このざまだ」
ダネルが長話で疲れたのか、うつらうつらし始めた。
「ダネル! 起きろ!」
「おお、悪い。眠くてな。それに身体が痺れたような感覚もある」
「すまん、それはチックに毒針を刺してもらったからだ」
ダネルはおどろいて、おれの肩に止まっていたチックを見た。
「毒で刺して、解毒石か。無茶するぜ」
「いや、解毒をしてくれたのは、マクラフ婦人だ」
「おお? ならサソリと美女から同時に口づけをもらったようなもんだ。刺激、強えなあ」
はたで見ていたマクラフ婦人が、肩をすくめた。美人というのには反論ないみたいだ。
「ダネル、お前が探った所に子供はいたか?」
「いねえ。ただ、面白えもんは見たぜ」
「ダネル、ふざけてる場合では」
おれが注意しようと思った矢先、ダネルの口から出てきた言葉は意外すぎる物だった。
「魔法局の見取り図」
「変異石か!」
ここまで黙っておれらの会話を聞いていたアドラダワー院長が、はっとして顔を上げた。
「その声は、治療院のじいさんか。そう、狙いは多分、あれだぜ」
「わからんの。どこぞの教団が変異石を持って何をする?」
「教団じゃねえ。空き家にいたのは、装備からして冒険者だ」
その場にいた全員が、はっとなった。
アドラダワー院長と、ガレンガイル隊長が席を外し、宙を見つめている。
ガレンガイルが持っているのは連絡石と呼ばれる物だ。ロード・ベルと同じ。遠くの人に連絡を取っているのだろう。
「だめだ。一番隊、二番隊とも連絡がつかん。進軍中か、交戦中か」
ガレンガイルがそう言って戻ってきた。
「城の知り合いに連絡を入れてみたが、こちらも繋がらん。すでに事は起きとるのかもしれん」
アドラダワー院長も戻ってきた。
時間! おれは懐中時計をポケットの一つから出した。八時を回っていた。もうとっくに夜が明けていたのか!





