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88 解毒の魔法

 おれは魔力回復石をリュックから出した。


 婦人がそれを見て起き上がった。起き上がって、もう一度、ダネルの額に手をやる。


 もう片方の手は、おれに伸ばした。おれはその手を握り、魔力回復石を強く握った。魔力が彼女に流れていくのがわかる。


 玄関から誰か入ってきた。さきほど目が合った若い憲兵だ。今は手が離せない。憲兵はおれに近寄ってくると思いきや、周りの職員に声をかけた。


「窓の外にある雨戸を全部、閉めてください」


 職員たちが急いで雨戸を閉めた。


「必要最小限のランタンだけ点け、あとは消してください。外に明かりが漏れます」


 そう言って、おれに近づいてきた。近くに来て顔がハッキリわかった。あのジョッキを落とした憲兵。そのあとも何度か一緒に飲んだ事がある。


「カカカ殿、何事です?」

「おれもわからん」

「隊長は今、離れ島の封鎖に行ってます。伝えますか?」

「それより、こいつの店から、ありったけの回復石を持ってきてくれないか?」

「ダネル・ネヴィスの道具屋ですね」


 若い憲兵はギルドを飛び出して行った。おれはリュックから回復石を出した。


「そっちと同時にかけても平気か?」


 呪文を唱えているマクラフ婦人はうなずいた。もう一度、傷口を押さえて石を握る。


 回復石の力は全てが入らないようだった。穴の空いた袋に水を入れている。そんな感触がした。この石が持つ力の半分ほどしか入っていかない。


 そうこうしてると、さきほどの若い憲兵が木箱いっぱいに回復石を持ってきた。石を持ち換え、さらに力を送る。終われば、さらにもう一つ。


 だんだん力が入る割合が減ってきている。三割、そのぐらいしかダネルに入らない。


 木箱の中には魔力回復石も入っていた。マクラフ婦人がそれを握り、自分の魔力を回復させる。


「カカカ、無理かもよ」


 婦人はそう言った。おれの名を言ったのは初めてだ。


「やれるだけやります」


 おれはまわりの職員に声をかけた。


「もっと回復石を持ってきてください」


 一割も石の力が入って行かない。木箱ひと箱の回復石を使い終わるころには、そう感じた。


 マクラフ婦人は呪文を唱えるのをやめ、おれとダネルを見つめている。職員たちも誰ひとり、声を上げるでもない。


 みんながおれを見つめていた。


 新しい木箱を掴んで引き寄せた。


 もう一回。


 石の力がまったく入って行かなくなった。おい、頑張れよ。心の中で叫んだ。勝手に行くんじゃねえよ。向こう側に行くんじゃねえ。


「損したな」と、こいつは言った。そんな終わりの言葉あるか。


 石を持ち替えてみる。やっぱり石の力はダネルに入っていかない。


 くそ! おれの世界なら、なんとでもなる。ところが、この世界は昔だ。


 輸血もない。電気ショックもない。何かないのか!


 電気ショック? おれは胸のポケットからチックを出した。


「マクラフ婦人、解毒の魔法って使えますか?」

「使えるわ。けど、まさか!」

「チック、こいつを刺せ」


 チックは、カサカサと、こちらを向いた。「え? マジで?」と言ってるみたいだ。


「どこでもいいから、刺してくれ」


 チックが肌が出ていた腹に近づく。びゅん! と長い尻尾をエビ反りのように振り、脇腹に針を刺した。見ているこっちが痛そうだ。


 しばらく何も起きなかった。それからダネルの身体が痙攣し始める。おれは覆いかぶさって身体を押さえた。


 マクラフ婦人を見る。婦人がうなずいてダネルにさわった。呪文を唱え始める。


「毒、あるじゃん!」


 小さく声がした方を向くと、いつぞや乗り合い馬車で同席だった女性だ。あらら、世間って狭い。


 痙攣が収まった。おれは回復石を掴んで力を送る。いいぞ、一割ぐらい入っていく。


 何回かやると、三割ぐらいは入っていく気がした。その後、また入らなくなった。


「チック、もう一刺し」


 チックが刺す。痙攣。マクラフの解毒。


 新しい木箱を引き寄せた。もう何個目の回復石なのか、わからなくなった。


 全身の筋肉が痛い。おそらく魔法石の使いすぎだ。石を握る握力もなくなってきた。


「イテッ」


 何にぶつけたのかと思ったら、石の床に頭をぶつけた。


 寝落ちかよ。おれは身体を起こした。


 石を掴む。握るだけで五秒ほどかかった。軟弱だな、おれ。


 ダネル、早く起きろ。起きておどろけ。お前の店の回復石は使い切ってやる。


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