69 オリーブオイル
木の下に逃げた。
「ハウンド!」
黒犬も懸命にジャンプして捕まえようとしていた。動きを察知しているかのように、急な方向転換で逃げる。
そうだ、超音波だっけ。やつらは超音波で敵の動きを察知する。
「ハウンド、来い!」
黒犬がこちらに駆けてくる。デスモダスの群れは空へ上がった。方向を変え、こちらに急降下してくる。
しゃがんで黒犬に触り、目を閉じた。炎の魔法。黒犬の中にある炎を探す。くるくる回る赤と青の炎、これだ!
黒犬が上を向いて「ガフッ」と吐いた。赤い炎が吐き出される。
燃えた。オリーブの木が。どっちに向かって撃ってんだよ!
デスモダスが来る。燃える木の下から逃げた。何匹かは木に当たったが、ほとんどは急旋回して追ってくる。盾を落とした場所へ走った。
盾を拾う。近くに黒犬がいない。上からいくつもの羽音。おれは盾を上に構えた。
「痛え!」
ケツに黒犬が噛みついた。またゲロが出そうな感覚が来る。盾を放し、デスモダスに向けて手のひらをかざした。
青い炎が出た。炎は一瞬にして群れを飲み込む。炎から逃れようと舞い上がるが、炎は消えない。ボタボタと空から落ちてきた。
「あっちい!」
革の手袋を脱ぎ、両手を振った。素手でヤカンを触ったように熱い。手袋の手のひら部分は、吹き飛んだように破れていた。
黒犬が足元に来て、おれを見つめた。
「ハウンド! 噛むなよ!」
黒犬は「えっ?」とでも言うように首をひねった。
おれは、ため息をついてデスモダスから水晶を拾い集め、リュックに入れた。
リュックの中には回復石が一つある。手のひらの火傷を治すか考えたが、軽い火傷なのでやめた。あまり金がない。もう一つ回復石を買うまで、気軽に使うのはよそう。
胸のポケットから赤いサソリが出てきて、地面に落ちた。
「おれの出番だー」とでも言いたいのか、ハサミを振り上げている。
「チック、終わりだ。帰ろう」
つまみ上げ、肩に乗せた。
依頼主のじいさんは、風車の前で心配そうに待っていた。
「すいません。木を一本、焼いちゃいました」
そう謝りながら依頼書を出した。
「勇者さん、火傷しとるがな!」
じいさんはおれの手を掴み、風車の中に招いた。風車の中は、その回転を利用したオリーブの絞り器になっていた。
風の力で巨大な臼を回し、オリーブを擦り潰す。そこから出た油が大きな龜に入る仕組みになっていた。
壁際に置かれた木のイスに座らされ、じいさんは棚から薬草と包帯を出す。
「いえいえ、いいですよ」
「若いもんが遠慮せんでええ!」
逆に怒られてしまった。なんか、小学校の頃まで生きてた自分のじいちゃんを思い出す。
包帯を巻いてるじいさんの手。じいさんばあさんのシワッシワの手って、意外とおれは好きだ。
包帯を巻き終わったじいさんは、依頼書にサインした。それから小瓶を持って大きな龜に近寄る。龜の下に小さな蛇口がついてあり、そこから小瓶に油を入れた。
依頼書と小瓶をおれに渡す。
わお! 搾りたてのオリーブオイルだ。これは今日の帰りにパンと燻製肉を買って帰ろう。





