66 バルマー
「勇者カカカ様では、ありませんか」
ふいに声を掛けられ、見知った顔がそこにあった。ギルドの交渉官、グレンギースだ。
グレンギースの隣に、これまたキレ者そうな男がいる。おれより一回りは上だと思うが、年齢不詳の若々しさがあった。長い艶のある黒髪で、端正な顔立ちをしている。
おれも、この世界に来て髪を切ってないから長くなったが、ただのボサボサだ。
この世界の場合、男で手入れが行き届いた外見のやつは、だいたい社会的地位がある。しかも、この暑いのに金の刺繍が入った白いコートを着ている。金持ちだな。
「局長、こちら勇者カカカ様です」
局長? なるほど、ギルド局長か。
「バルマー、と申します。貴殿の事は、アドラダワーから伝聞で存じ上げております」
まいったな。シェイクスピアの演劇でも始まりそうな古風で丁寧な物言いだ。おれは会釈をして挨拶を返した。
「グレンギース殿も城に?」
「ええ。その事について、後ほど、お伝えしたい事がございます」
「ちょうどいい。このあと、おれはギルドに行くんで」
「では、手前どもの馬車で共に参りましょうぞ」
そう言ったのはバルマー局長。あまり同席したいタイプではないが、是非にと言われ断れなくなった。まあ、取引先の社長みたいなもんだからな。
バルマー局長とグレンギースが乗ってきた馬車は、豪華な黒塗りの箱馬車だ。
グレンギースに両開きの扉を開けられ、ぎこちなく乗り込む。向い合せで四人が悠々と座れる広さだった。
黒犬をどこに乗せるか迷ったが、おれの足元に来ると丸まって寝始めた。
前に座ると、後ろの小窓から城が見える。崩れて半分ほどの高さになっていた塔が、がらがらと完全に倒れた。思わず「あっ」と声が出た。
「大丈夫でしょうか?」
バルマー局長が振り返り、うしろの小窓を見る。
「崩落したのは見張りの塔です。それほど怪我人も出ずに済みましょう」
「なら良かった。なんで急に崩れたんでしょうね」
「恐らく、地盤沈下でございましょう。あの辺りは地下水脈が多く存在いたします」
「そうですか」
なんか調子狂うな。意外に社長みたいなやつは、尊大な態度のほうが扱いやすいのかもしれない。おれは話の矛先を変えた。
「それで、グレンギース殿、話とは?」
「ええ。カカカ様に受けていただいた死霊退治ですが、ギルドでは扱わない事になりました」
「まじで? いや、どのような経緯で」
「元から受けていただける冒険者は少なかったのですが、カカカ様が戦った怨霊との話が広まりまして。もはや誰も受けなくなってしまいました」
まじか。入院ざたになった影響が、こんな所にも出たか。
「しかし、死霊はどうするんです? みんな困るんじゃ」
グレンギースがうなずいた。
「それを、さきほど協議して参りました。国内にある三つの教団が対応していただけるそうで」
「教団? 神父が戦うんですか?」
「いえ、大きい所では修道騎士などもおりますので」
なるほど、神官戦士か。回復系の魔法を得意としつつ、戦士の攻撃力もあるので便利なやつだ。しかし、アテが外れた。死霊退治の稼ぎで治療院の借金を返そうとしていたからだ。





