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64 秘密の箱

 違う話題を探した。おれは何だか責められてばかりだ。


「院長、あのバケモノはなんです?」

「そう、それじゃ。あれが何かは、わしもわからん。妖獣に詳しいミントワールにもわからんかった」


まじかよ。この二人でもわからないって。


「人の道を走ってきましたよ?」

「人間の土地や道に張ってある結界は弱いのでな、まれに入ってこれるやつもおる。あれは妖獣より上の格、魔獣じゃな」

「そんな化け物が、なんでまた」

「来た理由はわかる」


 ベッドの下から編みカゴに入ったおれの私物を出した。


「前の時には気づかんかったわい。これじゃ」


 そう言って革のブーツを取り出し、靴底を見せた。土踏まずにあたる凹んだ部分に、小さな黄色い石のカケラが刺さっていた。


「変異石!」


 ダネルが叫んだ。


「カカカ! 今度はおれに売ってくれ!」


 院長が首を振った。


「道具屋よ、この小ささで、この騒動じゃ。手元に置かんほうが身のためじゃ」

「ですが、城に渡しても」

「そうじゃのう。このところ、妙なことばかりじゃ。調べるためにも持っておいたほうが良かろう。なのでな、こんな物を用意した」


 院長は、ベッドの下に隠すように置いていた箱を取りだした。宝箱のような形をしているが、材質は木だ。木のシワに、赤い塗料が染み込んだような跡がある。


「秘密の箱」


 ダネルがつぶやいた。


「お前さん、優秀じゃの。カカカに教えてやってくれんか?」


 ダネルがおれのほうを向いた。


「この箱はな、フタを閉じた人にしか開けられない。そして三人の鍵を設定できる」


 説明されたが、まったくわからない。


「カカカよ、変異石はこの箱に入れてよいか? それを、わしが隠す」

「院長が危なくないですか? またバケモノでも来たら」

「存在を隠す結界を張る。まあ大丈夫じゃろう。よいかの?」


 もちろん、うなずいた。こんな物騒なもの、持っていたくない。院長がブーツと箱を渡してくる。


「ハウンド、降りてくれ」


 黒犬は素直に降りて、部屋の隅で丸くなった。


 おれはブーツを入れフタを閉めた。院長がおれの側に来て、フタに触った。ミシミシ! という音がして、木のシワが赤く染まった。血を吸い込んでいるみたいだ。


 次にミントワール校長が触る。箱はさらに赤く染まった。


「サレンドロナックにさせよう思うとったんじゃが、やつは帰った。道具屋、お主がするか?」

「妙なことに巻き込まれそうですがねえ。困ったなあ」


 そう言いながら、にやにやしている。おれは腕を伸ばしてダネルに箱を近づけた。


 ダネルも手を伸ばして箱に触る。ミシミシと音をさせて木のシワがダネルの血を吸い、最後にバキッ! と音が鳴った。


「言うのが遅えが、おめえ、片足で帰るのか?」

「あっ! それ早く言えよ!」

「まあ、治療院のサンダルを貸そうかの」


 院長は立ち上がり、おれの箱を取った。部屋を出ようとして、黒犬に目を止める。


「カカカよ、この犬に魔法が使える他、変化はなかったか?」

「いえ。ありません」

「そうか」


 アドラダワー院長と、ミントワール校長は出ていった。


 ダネルは腕のチックをテーブルに起き、横になった。おれに背を向ける。寝るようだ。おれも寝ようと思い、横になる。


「おい、おめえな」


 背を向けたままダネルが言った。


「あの犬がしゃべったの、なんで言わねえ」

「聞こえたのか!」

「俺の上に倒れてたからな。心に直接聞こえやがった」


 やっぱり、幻でもなく、黒犬がしゃべったのか。


「おめえ、ほんとに人間だよな?」

「ダネル、正直に言っていいか?」

「ああ」

「チックもしゃべった」

「ああ?」

「ちょっと、怖くなってきた。おれ、人間だよな?」


 ダネルは無言になった。おれは寝返りを打って窓の外を見た。


「人間だと思ってるなら、人間なんじゃねえか?」


 ダネルがふいに答えた。


「そうか」

「まあ、屁もこけるしな」


 そう言って、ダネルは寝息をたて始めた。おれは空を見ていたが、やがて眠くなり、目を閉じた。


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