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63 バチ当たり

「あ、暗黒石」


 横でダネルがつぶやいた。


「あんこくせき?」


「何もかも吸い込むと言われる石だ。伝説の話だと思ってた。実在するのか」


 院長は首をすくめた。


「こりゃ、道具屋に余計なもんを見せたわい」


 ネックレスを首にかけなおす。


「わたくし、初めて見ました。生き物が蛇口となっているのを」


 ミントワールが、青ざめた顔でおれを見ている。


「もしや、と思うとったが、当たったのう」


 そうらしいが、それは珍しいのだろうか? 


 おれはダネルを見た。ダネルがおれを見返す。


「石に気を取られたがな、おめえ、変わってるぐらいじゃ済まねえぞ。正直に言うぞ、人間かどうかさえ、俺は疑り始めている」

「人間だろう! 証拠にさっき、屁えこいたじゃねえか!」

「バカ、犬も屁はこかあな」


 あ、たしかに。


「では、さらに言うとな」


 院長が口を開いた。


「火を吐いたのは、犬のほうじゃ。さきほどの話だと、火を出したのは、カカカじゃ」

「はあ? どういうこった?」


 ダネルが首をひねった。ミントワール校長が、唇を震わせながら言った。


「お、お互いが、お互いの蛇口になってる!」


 言われている意味がわからん。蛇口というのは、要は魔法の杖だろう。相手にかざし「エクスペクトパトローナーム」ってやるやつだ。


 そして、おれの魔法の杖はこいつになっている。でもおれは魔法を出した。考えると、一つの結論が出た。


「ええ! おれが、この犬の杖ですか?」


 院長がうなずいた。


「それは下級の妖獣じゃ。魔法も使えん。それが、お主という蛇口を手に入れて変異した」


「か、考えられませんわ! 蛇口の変更には、高度な魔法が必要です。これまでに何か蛇口は持ってなかったの?」

「持ってません」

「それも、おかしいですわ。物心ついた時に用意するはずです」

「ミントワール、この男は記憶喪失じゃ。起きたら知らない部屋で寝ていたらしい」


 ミントワール校長と、ダネルがいっせいにおれを見た。


「だから脱獄したのか!」

「脱獄?」


 ミントワールが聞いた。


「こいつ、憲兵に捕まった時、ふらっと牢屋から出ていくんですよ。んで、また戻るって言って。ほんとに帰って来やがった」

「打首になるわ!」

「俺も、頭がおかしいのかと思いました。これで納得です」


 ミントワールがもう一度、おれの前にしゃがんだ。


「その部屋は、あなたの部屋なの?」

「ええ、おそらく。今のところ、おれ以外に帰ってきませんから」

「部屋に蛇口はなかった?」


 話を聞きながら、嫌な予感がした。思い当たるフシがあったからだ。


「中身が真っ白の分厚い本、ですかね」

「表紙は古代文字?」

「多分。おれは読めませんが」

「魔導書よ! それは今、どこに?」

「家にあるんですが、その、破ったのを、こいつが食っちゃいました」


 おれの上で寝ている黒犬を指す。黒犬が小さくゲップした。


「あれは白紙ではない。自分の会得した魔法が、そこに記されるんじゃ。他の生き物にも与えておらんじゃろうの?」

「与えてはないんですが、その、けっこう破ってしまってます」

「魔導書は一枚も破ってはいかん。その破ったページは今どこに?」

「あー、そのー、どうしても紙がなくて。ケツ拭いちゃいました。なので、捨ててます」


 ミントワールは頭を抱えた。


「バチだわ! バチが当たったんだわ!」


 ダネルまで青ざめた顔をしている。


「おめえ、怖いもんなしだな」


 アドラダワー院長に至っては、怒るのを抑えて唸っていた。


「蛇口は、ひとりに一つしか持てん貴重な物じゃ。もうせんほうが良いぞ」


 おれは三人から責められ、何も言えない。


「ミントワールよ、こういう事じゃ。どうじゃろう、特別に教育してくれんか?」


 ミントワールは何度もうなずいた。


「ええ。これは教育が必要ですね」


 えーと、おじさん、小学校に行きなおせって事かな?


「給食あります?」

「学校に通うという意味ではない。最低の古代文字ぐらい読めるようにならんとの」

「こいつに教育。ラブーにロード・ベルだな」


 横でダネルが言った。おい、ダネル、なんとなくでも意味はわかるぞ。


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