62 青と赤の炎
「昨日、どうやって魔法を出したか、思いだしてくれんか?」
「どうって……」
おれは包帯だらけの手で、昨日の最後を真似た。
「こうやって、馬の口を掴んでたんです。そしたら、もこもこって来て、ゲロが出そうになって、バーンと」
アドラダワー院長が、顔をしかめて白いヒゲを掻いた。
「今、出す事はできるか?」
おれは両手に力を入れてみた。
「ぬぬぬ!」
院長と校長が、一歩引いた。そしてバフッ! と出た。おれの尻から屁が。
「す、すいません! どうも身体のコントロールが効かなくて」
ミントワール校長が、そっと二歩下がったのを見た。
「ああっ!」
「なんじゃ? 実も出たか?」
「それで思い出しました。犬に尻を噛まれたんです。その拍子で出ました」
ミントワールがため息をついた
「やっぱり、サレンドロナックの言う、魔獣のほうの暴発でしょうか」
「ミントワール、あの死骸は見たであろう。あれは暴発ではなく、攻撃による焼け方じゃ」
「院長、あの馬の死骸はどうしたんです?」
「城の魔法局が持って帰った。調べるいうての」
ミントワール校長が前に来て、目線を合わせるためにしゃがんだ。
「あなたの犬って、あなたの言うこと聞くのかしら?」
「どうでしょう。仲間になってるみたいですが」
「多分できるわ。ちょっと呼んでくれる?」
ひじょうに乗せるのが上手い人だ。「先生、逆上がり見たいなー」とおだててやらすタイプ。さすが校長。
でも起きるんだろうか。気持ち良さそうに寝ているが。
「おい、ノラ」
まったく起きない。
「イヌ、ハチ、ポチ、ジョリー」
反応なし。そうだ、おれは気を失う前を思い出した。あれは夢か?
「ハウンド」
黒犬はもっさりと起きて、おれのベッド脇に来た。ぴょんとベッドの上に乗り、おれの足の上に寝る。
「イテテテテ」
犬の重みで両足が痛い。
「その犬を触りながら、魔法の事を考えてみてくれない?」
おれは触ろうとしたが、手が包帯だらけだった。
「おお、そうか、少し切るかの」
院長が腰を浮かしかけたが、身体を曲げ、おでこで触れてみた。でも、魔法って言われてもねえ。
黒犬がドックドックと脈打つのがわかった。呼吸のたびに肺が膨らむのもわかる。脈が少し早くなった。なんでだ?
おれは目を閉じた。黒犬の腹の体温が、ひたいに伝わってきて温かい。
ドックドックと脈打つ音。おれのか犬のか、わからなくなった。
ふいに闇が濃くなった気がする。その真ん中に小さな灯り。揺れて色が変わる。
もっとよく見た。色は変わっているのではなかった。小さな赤い炎の玉と、青い炎の玉がくるくる回っている。
黒犬がビクッ! と立ち上がった。上を向き、口を開く。
「ガフッ」
その口から炎が吐き出された!
天井が炎で埋め尽くされる。アドラダワー院長が、首から下げた数珠のネックレスを外した。一つの石を指で挟んで頭上に掲げる。院長が何かをつぶやくと、炎は石の中に消えた。





