44 強烈な案
「ティアは冒険者登録をして、まだ仕事はしてないんですね?」
おれはオヤジに聞いた。オヤジはうなずく。
「なら、最初の仕事は、おれにまかせちゃくれませんか?」
「カカカさんに?」
「ええ。ギルドの人間に聞いたんです。最初の依頼で帰ってくる人は半分だって。それをおれが守ります。そして、どれだけ厳しいか、わからせます」
「危なくねえのか?」
帰ってくる人間が半分、そう聞いたオヤジの顔も真剣になった。
「おれのレベルは3です。そんなへなちょこが受ける依頼は、大したことないですよ。それでも駆け出しのおれは必死です。そのへんを見せようと思います」
オヤジが、おれの顔をまじまじと見ている。
「おれじゃ、心配ですか?」
「いや、そうじゃねえ。あんた、大物になる。そう思っただけだ」
「おれが? まさか。へなちょこ具合は知ってるでしょう」
「それは前も言った通り、経験が上がればどうにでもなる。俺が感心したのは、見栄を張らねえってとこよ」
おれは首をすくめた。
「張れたら張りたいですよ。おれは職業の選択を間違えました。それを見れば彼女だって。いや、待てよ」
違うアイデアが浮かんだ。
「オヤジさん、ちょっとトラウマになりそうな強烈な案があるんですが、どっちにします?」
おれはオヤジに別案を聞かせた。オヤジは笑いをこらえた。
「そっちにしてくれ。甘え考えが、さっぱり切れていい」
「わかりました。都合がいい日に、また言って下さい。朝からがいいです」
パーティー申請からしなきゃいけないので、けっこう時間がかかる。
「なら、善は急げだ。明日は学校が休みだ」
「では、明日の朝にオリーブン城で」
「わかった。行かせよう」
オヤジはテーブルの上にいるチックを指差した。
「おい、お仲間は隠しておけよ」
「チックを?」
「あんなナリでも、うら若き乙女だ。見た途端、逃げ出さねえかな」
オヤジの言う通りだ。戦闘が始まるまで、隠れておいてもらおう。
オヤジとエールを酌み交わし、遅くなった。家まで千鳥足で帰る。
右手に持った羊肉のかたまりが重い。遠慮したのに持って帰れと持たされた。
おれの家、調理できないんだけどなぁ。竹串でも作って家の前で焼いてみるか。だんだん原始的な生活に染まってきている。
そんな事を考えながら家の前まで戻ると、視界の端に光る目があった。思わず剣の柄を握る。暗闇に光る赤い目は、ゆっくり茂みから出てきた。おれは剣から手を離した。黒犬だ。
今日は足を引きずってない。怪我は治ったようだ。
黒犬は、おれの家の敷地ぎりぎりまで来た。モンスターは人の土地には入って来れない。危険はないが、これって、なつかれたのだろうか?
鼻をひくひくさせ、おれの手元をじっと見る。まさか肉か?
おれは持っていた肉を持ち上げた。「ガフッ」と黒犬が鳴く。嘘だろ、やらねえっつうの。おれは家に入り、戸を閉めた。
黒犬が本気で吠え始めた。犬というかモンスターだ。本気で吠えると狼の鳴き声に近い。これ、近所迷惑になるぞ。
おれは、ため息をついて戸を開けた。羊肉の包み紙を外し、思いっきり遠くに投げた。
投げたつもりだったが、黒犬はジャンプして、きれいにキャッチ。そして茂みの奥に消えていった。
うへぇ。また来たらどうしよ。今のおれなら倒すことはできるが、何度も会うと、いささか気が引ける。
最悪、ギルドに依頼を出す手はある。それもなぁ。
まさか、こんな悩みが出てくるとは。「近所に野良犬がいるんですが」という、現実世界のような悩みだ。
エールを飲みすぎた頭を振り、おれは明日に控えて寝た。





