39 交渉官とロード・ベル
翌朝、鍵が開く音で目が覚めた。立っていたのは、ガレンガイル隊長だ。
「出ろ」
おれはチックを肩に乗せ牢屋を出た。硬い床で寝て、身体は痛い。でも、なかなか貴重な体験だった。
「街の中で喧嘩はするな。するなら浜辺でしろ」
「脱獄はいいんですか?」
「脱獄はしていない。お前は喧嘩で捕まった」
隊長が言う意味はわからなかったが、おれは詰所を出た。ギルドに向かう。
マクラフ婦人の窓口に依頼書を出し、報酬を受け取った。もちろん、今日も婦人は絶好調に不機嫌だ。うしろから、交渉官のグレンギースが現れた。
「勇者カカカ様、こちらへ」
おれはうなずいて、カウンター端の戸をくぐった。応接室に入る。
「先日の夕刻、憲兵のひとりがカカカ様の事を尋ねに参りました」
「ああ、ガレンガイル、でしたっけ」
「何かありましたか?」
昨日の事をかいつまんで説明した。笑い話として話したが、交渉官の顔は青ざめた。
「無茶をされます。脱獄で再逮捕されれば、最悪、打首もございます」
え? 今なんて?
「打首? ただの喧嘩ですよ?」
「カカカ様、失礼ですが、生まれは異国ですか?」
言葉に詰まった。「ええ、まあ」と適当に答える。
「この国では、脱獄は重罪です。であればこそ、捕まった者は逃げないからです」
まじか。すると、あの隊長におれは「大目に見られた」ってやつなんだろうか?
「大事に至らず良かったです」
そう言って交渉官は三枚の依頼書を出した。
「あのー、交渉官殿」
「グレンギースで結構です」
「グレンギース殿、死霊退治なんですが、三日に一度、ぐらいではダメですか?」
「報酬が少ないと?」
「いえいえ、前も言った通り、おれは駆け出しなんです。色々と経験を積まないといけないとこでしてね」
交渉官は、かなり眉間を寄せて考えた。
「そんなに、これを受けれる人、いないんですか?」
「いるにはいます。今までがそうでした。ただ」
また顔をしかめた。
「いけ好かないやつって事ですか?」
「受けていただけるのは、一部の神官でして。私が得意な人たちではありません」
神官か。この間もいたな。いけ好かないヤツだった。
「では、これではどうでしょう、お受けいただくのは、カカカ様の三回に一回。それとは別に、火急案件については、ご対応いただくと」
「まあ、それは、いいですよ」
「ご登録させていただいて、宜しいですか?」
「登録? ああ、ロード・ベルですか?」
「左様です」
今度はおれが眉を寄せた。アドラダワー院長に登録されたが、正直、パシリのような気がしないでもない。呼んだらすぐ来い! って感じだ。
しかもおれはロード・ベルの魔法を使えないので、電話は受信専用だ。
いや、いい事を思いついた。おれは笑いを抑えながら交渉官に言った。
「一つ、条件をつけていいですか?」
その条件を聞いた交渉官も、笑いを抑えてうなずいた。
マクラフ婦人が、かなり不機嫌に入ってくる。
「なんで、わたしなのよ!」
交渉官に文句を言ってる。おれは立ち上がって言った。
「ゲン担ぎって嫌いじゃないんで。あなたからの依頼なら受けますよ」
婦人はため息をついた。おれの額に手をやり、何か言葉をささやく。そのあとはおれに目も合わさず、さっさと帰っていった。
「怒らせちゃいましたね」
苦笑しながら交渉官に言うと、交渉官も苦笑した。
「では、グレンギース殿も」
「私もいいのですか?」
「彼女がいない時に連絡できないんじゃ、火急の意味がない」
交渉官は丁寧にお辞儀し、おれの額に手を当てた。





