22 霊廟
水の入ったバケツは重い。階段を上がっていくと息が切れた。
かなり山の奥まで階段は続く。
山の中はモンスターが出ないかが不安だったが、一応は「道」だ。何も出ないことを祈ろう。
明日、また筋肉痛だな。そう確信していると墓に着いた。
執事が霊廟と言った通り、石で造られた小さな家のような墓がある。しばらく掃除してないんだろう。霊廟は薄汚れているし、まわりは枯れ葉だらけだ。
汚れるので装備を外そうかとも思ったが、山の中だ。敵が出たら困るので、つけたまま掃除をすることにしよう。
バケツを置き、ブラシを一度水につけて霊廟に向かって歩きだした。
霊廟の後ろから黒い霧のような物が立ち上がる。
黒い霧は、だんだんと人の形を模してきた。これ、アンデット系だ!
RPGでゾンビや悪霊といった敵を「アンデット系」とよく呼ぶ。
考えてみれば墓地だ。出現するには、お似合いすぎる。
大急ぎで手の輪っかを作り、交差させる。
「アナライザー・スコープ!」
名前:死霊
体力:1
魔力:100
攻撃力:0
防御力:0(物理攻撃不可)
アメジスト:1
魔法:コールド・ブレス
これ、やべえ、物理攻撃が効かないタイプか! 逃げるしかねえ。
駆け出そうとした時、「アアア」と低い女の声と共に、冷たい風が押し寄せた。
身体が固まった。
マヒ系の呪文かよ! 産まれて初めて受けた呪文は、マヒ系か。これ、意外な辛さがある。目が乾く! まばたきできない!
こういう精神系の呪文は、精神力でどうにかなったり、という話はよく聞く。気合を入れて指先を動かしてみた。
「うぬぬぬ」
重い岩を持ち上げるみたいに、うめきが口から出た。
指先がちょっと動いた。歯をくいしばる。
くいしばる? 口は意外に動くのか。口とアゴに力を入れてみた。ガムテープが貼られた口を無理矢理に開くような感じだ。
「ぬうあー!」
開いた!
「なにすんだ! このブス!」
やべえ、思わず文句を言っちゃった。
「アアア」
もう一度、女の声と冷たい風が来た。寒い。でもちょっと、エアコンの風を思いだす。またマヒした。口をこじ開けてみる。
「ぬうあー!」
なんとか開いた。
「嘘です! 美人! カワイイ! 巨乳!」
「アアア」
褒めても無駄だった。また風が来た。今度は口も、ぴくりとも動かせない。
「アアア」
また来た。これ、さすがに喰らい続けると、やばいんじゃね? 心臓発作とか起こしそう。
背中でモゾモゾと動く感触がする。フナッシーか!
ガサガサと音が上がってきた。リュックの口から出てきたのか。いいぞ。逃げとけ。
視界の下の方に、動くものがあった。眼球と首に力を入れる。ちょっと地面が見えた。
フナッシーが、カサカサと霊廟の方に動いていく。あのバカ! そっちじゃねえよ!
止まって体を前後に揺さぶっている。なんだ? あの動きは。
パシッ! と音がして、フナッシーから針のような物が飛んだ。
死霊の胸に突き刺さる。死霊の黒い霧は薄くなり、やがて消えた。
身体のマヒが取れた。すぐにパラメータ画面を出す。仲間のパラメータを呼び出した。フナッシーの二ページ目。
魔法:ニードル・ブレス
うわおー! 魔法使えたんかーい!
おそらく与えるダメージは「1」なんだろうけど、死霊にはドンピシャだ。
死霊がいた霊廟の裏にまわる。アメジストのカケラを見つけた。リュックに入れる。
早く逃げたほうがいい。もう一体出たら終わりだ。フナッシーはさっきの呪文で、なけなしの「魔力:1」を使い果たしている。
フナッシーを拾い、胸ポケットに入れる。急いで帰った。バケツは持って帰らない。絶対に。





