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130 最高の強がり

 治療院の中庭に出た。


 マクラフ婦人が地面に魔法陣を書いている。その中心にオヤジさんを寝かせる予定だ。魔法陣は、まわりに被害が出ないようにするためらしい。


「カカカよ」


 アドラダワーから、ふいに声をかけられた。


「それは、お主が元の世界に帰るために必要ではないのか?」


 院長が言う「それ」とは、おれが手に持つ木の兜と手袋だ。


「まあ、ほかに何か方法が見つかるでしょう」

「ほか? ほかとは?」


 実は何もない。


 アドラダワーは、さらに何か言おうとしたが、マクラフ婦人に呼ばれて離れた。


 おれは、木の兜をかぶった。久しぶりに見る自分の部屋。何一つ変わっていなかった。ぐるっと見渡す。


「カズマサ!」


 下の階からオカンの大声が聞こえた。


「ああ!起きてるよ!」


 おれは大声で答えた。


「先に出るから、あんたも早よ行きまいよ! お弁当、生姜焼きな」


「オカン!」


「なん?」


「ありがとう! ありがとうな!」


 おれは涙と鼻水を拭こうとして、木の兜に手が当たった。


 オカンが玄関から出ていく音がする。もう一度、部屋を見回した。


 ガキの頃から使い続けた机があった。あまり勉強には使っていない。


 右の本棚は高校入学で買った。ベッドは社会人になってからだ。


 一人暮らしも考えたが、給料が安すぎて無理だった。


 この部屋を見る最後になるかもしれない。でも、今に考えれる手立てはやってみるべきだろう。


 兜を脱いだ。


 いつの間にか、みんながおれの周りにいた。おれは、ふー! と息を吐いた。


「カカカ殿」


 ガレンガイルが口を開きかけたが、おれはにっこり笑った。


「さあ、やろう!」


 地面に描いた魔法陣の中央に、オヤジさんを横たえる。そばにはアドラダワー院長。


 みんなは魔法陣の外に下がった。


 アドラダワー院長は、右手を地面に置いた木の兜に添えた。左手は数珠の中から黒い石をつまんだ。前に見た暗黒石だ。


 何かを唱える。


 ビキビキ! と木の兜にヒビが入ったと思ったら、木っ端微塵に破裂した!


 いや、破裂したと思ったら、木の破片はあたりを漂っている。なんだこれ。


 ドン! と音がして魔法陣を描いた地面が凹んだ。中の空気は夏の陽炎のように揺れて見える。


 アドラダワー院長のモジャモジャ白髪は逆立ち、白衣は波打っている。これ、大丈夫か?


 おれの隣にいたマクラフ婦人が、羽ペンを出して握った。呪文を唱え始める。魔法陣が輝き出した。


 さらにドン! と魔法陣の地面が凹んだ。呪文を唱えていたマクラフ婦人が膝をつく。魔法陣を書いた本人にも、ダメージが来るのか! 


 婦人は顔を歪めながらも、呪文を唱えるのはやめていない。


 アドラダワー院長は、地面に置いてある小さな石を摘んだ。おれのブーツから取り出した変異石だ。


 暗黒石と変異石を持ち上げ、さらに何かつぶやいた。二つの石は光り、石から爆風が出た。おれは吹き飛ばされた!


 首を上げ、周りを見た。爆風は収まったようだ。


 みんな吹き飛ばされたようで、立ち上がろうとしている。うしろの治療院の窓が、ことごとく割れていた。あちゃあ!


 魔法陣の中央にいたアドラダワー院長が歩いてくる。おれは立ち上がった。


「院長、だ、だめでした?」

「わしを誰じゃ思うておる」


 おれはオヤジさんを見た。むくりと上半身を起こして、あたりをキョロキョロ見回している。


「院長!」

「わしにかかれば、楽勝よ。それより院内じゃ。誰ぞケガしとらんかの」


 嘘つけ。ぜったいギリだったわ。


 治療院に歩き出した院長が、ふと振り返った。


「カカカよ」

「はい」

「なぜ、こちらの世界を取った? お主は何を天秤にかけ、何に重きを置いた?」


 院長の言いたいことは解るが、この世界を選んだのかどうか、それは自信がない。単に、オヤジさんが生き返るなら、ほかに手がなかっただけだ。


 何て言おう。


「ほら、まだ借金、返してないですし」


 上手い切り返しではなかったが、院長は盛大に笑った。笑いすぎて腹を抱えている。


「わしの人生で聞いた最高の強がりかもしれん。カカカよ、断言しとくぞ。今後は、あの手この手で借金を返せんようにしよう」


 院長は、まだ笑いながら帰っていった。


 空が薄っすら白み始めた。


 疲れたよ、おれは。帰って寝よう。


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