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111 アンデッドの海

 鉄柵ぞいに歩くと、二本の大きな石柱に挟まれた鉄の扉があった。


 少し押してみると扉は動く。鍵はかかってないようだ。


 手にしていた石の光が、消えては点き、消えては点き、と点滅している。自分たちの周囲に竜巻のようなものが現れ、それは縮んで石の中に戻った。結界石の効果が終わったのか。


 リュックから結界石を取り出す。結界をかける前に伝えた。


「離れないように、手を繋いでいこう」


 みんながうなずく。


 隣りにいたマクラフ婦人が手を伸ばした。その手を握る。婦人の反対の手をティアが握った。そのあとに氷屋のオヤジ。


 最後が松明を背負い、二宮金次郎と化したガレンガイルだ。


「おれの足元から離れるなよ」と黒犬にも言っておく。


 おれは結界石を強く握った。石が光り、竜巻に包まれる。


「あっ、あっ」と声に出してみた。音は出ない。効いているようだ。


 片手の結界石、片手に婦人の手。両手が塞がっているので肩で鉄の門を押す。


 少し開いた。滑るように隙間に入る。


 敷地内に入ると、思わず足がすくんだ。もはやアンデッドの海だ。


 手を繋いだまま五人が順々に入った。


 最後のガレンガイルが扉を閉めると「ギギギ」と錆びた鉄の音が響き渡った。


 周囲にいたアンデッドが振り返る。


 おれは思わず息を止め、みんなを引っ張って逃げる。アンデッドは、おれたちではなく、音がした扉に群がった。


 息を止める必要がない事を思い出し、ぷは! と大きく吐き出す。振り返ると、みんなも肩で息をしていた。


 あちこちにある岩の塊の一つに身を寄せ、一度手を放した。膝に手をつき、大きく息をする。


 オヤジさんが、背負っていたリュックを下ろした。リュックを持っていた事に気づかなかった。その中から二つの皮革袋を取り出す。おどろいた。それ水筒でしょ!


 オヤジさんは一つをティアに渡した。自分のは栓を抜いて一口飲むと、おれに差し出す。


 おれはそれを受け取りながら、大いに反省した。「足手まといにならなきゃいいな」と、あの時に思った自分を殴りたい。


 一口飲むと、呼吸も、気持ちも、ずいぶん落ち着いた。これは盲点だった。冒険に必要なのは剣でもなく、盾でもない。水だ。


 みんな落ち着いたようで、おれを見てうなずく。


 手を繋ぎ直そうとして思いついた。腰に下げたナイフをベルトごと外し、オヤジさんに装着させる。


 戦闘に参加しないと言っても、何かは持っていたほうがいい。


 周囲を確認し、岩陰から飛び出す。


 走らずに早足で歩いた。正面からアンデッド。右に曲がる。右からもアンデッド。近くの岩陰に隠れ、歩き去るのを待った。


 アンデッドをさけて進み続け、削られた山のふもとが見えた。ぽっかりと開いた洞窟がある。


 うしろに「あそこだ」と合図しようとした瞬間、マクラフ婦人に強く手を引かれた。前を向くと、目の前にアンデッド。あぶねえ!


 ありゃ? そのアンデッドは黒い軍服だが、肩に黄色い紐の装飾がある。胸には、勲章のようなものがいくつもあった。これって、憲兵隊総隊長のブレアソールじゃね?


 ガレンガイルを見た。元三番隊長は、そのアンデッドを見つめ、おれのほうを向く。


 何か言いたそうだが、おれは首を振った。ここでアンデッドとしてさまようぐらいなら、首をはねておきたいのだろう。でも今はまずい。


 ガレンガイルのほうに歩み寄ろうとしたら、もう一度、マクラフ婦人が手を引っ張った。婦人がアゴをしゃくり、おれの手の石を指す。


 石は点滅していた。嘘だろう! さっきのより、ぜんぜん早い!


 みんなの手を引っ張り、さらに早足で急ぐ。ダネルの野郎め! 道具の品質にバラツキがあるじゃねえか!


 竜巻が現れ、手の中の石に戻った。結界が切れた!


「走るぞ!」


 手を放し、駆け出す。その足音に周囲のアンデッドが振り返った。


 前方にアンデッド。おれは走りながら刀を抜いた。


 全速力で走るおれを追い抜く小柄な影。


「ティア?」


 ティアはアンデッドに一直線で駆けると、数歩手前から華麗にジャンプした。


 飛び蹴り。


 うっそ! すんごい身体能力なんですけど。


 隣を走るマクラフ婦人は、腰に下げた小袋から火炎石を取り出した。おれが各人に配ったやつだ。


 婦人は石に向かって何かつぶやくと、あらぬ方向に向かって投げた。空中で石が「ぼうっ!」と燃え上がった! そんな使い方あんの?


 おれはポケットから火炎石を出し、婦人に渡した。婦人がもう一度、石につぶやき違う方向に投げる。燃え上がる二つの石の光にアンデッドは群がった。


 その隙を突いて走る。なんとか洞窟に逃げ込むことができた。


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