110 採石場へ
この島は海沿いにぐるっと一周できる道がある。
左回りで島の北側にある採石場を目指した。
日は暮れたが、月明かりで道は見える。おれは隣に座っていたマクラフ婦人を見た。
顔の表情からは何も読み取れないが、緊張している様子はない。このパーティーの中で最も場馴れしているのは彼女だろう。
ポケットに入れていた花のペンダントを出した。
「これ、ダネルからです」
婦人に渡した。婦人は手にしたペンダントを顔の前に上げ、まじまじと見る。
「わたしね」
「つけておいて下さい。少しつづですが、魔力を回復させるそうです。このパーティーで回復の魔法を使えるのは、あなただけ。これを装備するのは婦人でしょう」
命を救ってもらった礼。そのダネルの言葉は言わなかった。それを言うと、何か伝言を頼まれそうな気がする。二人で直に話せばいいんだ。
婦人はまだ何か言いかけたが、やめてペンダントを首につけた。
「カカカ殿、上を」
手綱を握っているガレンガイルが静かに言った。
上を見ると、月明かりの空にいくつもの黒い影が飛んでいる。
死霊どもの出勤時間らしい。おれはリュックから結界石を出して強く握った。石が鈍く光る。
石から竜巻のような物が出て、おれたちを包んだ。竜巻はすぐに消える。
これで効いているのだろうか? 疑問に思ったが、すぐに気づいた。馬蹄の音が消えている。
おれは「あー」と声に出してみた。声は出なかった。すげえなこれ。
おれが口を開いたので、ティアがこっちを見て手を振った。そのあと自分の耳を指差す。
「これの時は聞こえないよ」そう言いたいのだと思う。そうか、この世界の人間だと当たり前に知っている事なのか。
「結婚するとか言うなよ! このバカ!」
怒鳴ってみた。ティアがジェスチャーで返す。おそらく「だから聞こえないんだってば!」と言っている。これは面白い。
「よ! このペチャパイ!」
ティアがほほを膨らました。えー! これはわかったの?
馬車の速度が落ちた。
おれは荷台からガレンガイルがいる御者台に移動する。ガレンガイルが前方を指差した。
鉄柵が見えた。採石場の敷地だ。
「ここらへんで降りよう」そう伝えるために下を指差した。ガレンガイルがうなずく。
馬車を停め、全員が降りると馬を放した。ここに停めておいても、死霊に襲われるだけだ。帰りはダネルを呼べばいい。
ひとかたまりになって歩いた。鉄柵は道に沿って長く続いている。
採石場が見渡せる位置まで歩くと、その光景にみんなが足を止めた。
真っ二つに削られた山の前、広大な土地が広がっていた。あの初等学校の運動場より広い。
あちこちに大きな岩の塊と四角になった石があった。これはおそらく、石の加工場だ。
広大な加工場に、さまよい歩く人の群れ。十や二十じゃない。百人はいる。
思わずガレンガイルを見た。うごめく人型の服装を知っていたからだ。黒い軍服、憲兵だ。
ガレンガイルは頬を引きつらせ、その光景を凝視している。バルマー討伐に出掛けた憲兵隊がどうなったか、その答えがこれだ。全滅になり、さらにアンデッドにされている。
ふいに肩を叩かれ、振り返るとマクラフ婦人が指を差している。その方向を見て、驚愕はさらに広がった。
さまようアンデッドの中に、ドクロのマークが描かれた頭巾。あいつ、手下もろともアンデッドにしたのか!





