106 最後の装備
夕方まで、まだ時間はある。
あせることなく、おれはダネルの店を目指した。
乗り合い馬車に乗っているのはおれだけ。馬を操る御者は、びくびくしながら馬を走らせていた。おれはのんびりと田舎風景を眺める。
ダネルの店に行くと、ダンとダフの兄弟もいた。
「のんきなもんだ。来ねえかと思ったぜ」
口を開いたダンの目は真っ赤だ。
「一度、つけてみてくれ。寸法を完璧に合わせたい」
ダフが店のカウンターをアゴでしゃくった。ダフの目も充血している。
カウンターの上には、見たことのない武器と防具が並んでいた。おお! おれのか!
ダンとダフの目が赤いのは、徹夜で装備を作ってくれたからか。
帆布でできた頑丈そうな上下の服。鉄の盾と剣。極小の輪っかを繋げたようなベスト。
「チェーン・メイル?」
「そうだ。よく知っているな」
防具屋のダフがおどろいている。チェーン・メイル、日本だと鎖帷子だ。持ってみると、意外に軽い。
「そいつぁ、銀鉄っていう珍しい金属でできている。盾と剣もそうだ。俺らの店の秘蔵っ子よ」
盾も持ってみた。たしかに軽い。鋼の盾の半分ほどの重さだ。
おれは装備をすべて外し、着替えた。チェーンメイルは重いが、動けなくなるほどではない。それに、防御力はケタ違いに上がっているだろう。
チェーン・メイルは服の上に着ると思ったら下だった。
帆布の服には、目立たないように仕込まれたポケットがいくつもあった。魔法石を個別に入れるためだそうだ。
左胸のポケットは他より大きく、フタもついている。これはチックを入れるためだ。おれ専用、よくできてるなぁ。
「そこからさらに上着となると、さすがに重すぎる。俺のお勧めはこれだ」
防具屋はそう言って、おれに灰色のマントをつけた。首のところはヒモではなく、ブローチのような留め金になっている。
「これにしとけば脱ぎやすい。素早く動きたい時は外せ。それに、意表をついて相手にかぶせてももいい」
次男坊は説明を重ねた。おれはそれを真剣に聞く。
剣と盾を持って構えた。剣は前と同じ、ショート・ソードの長さだ。
「ちょっと動いてみてくれ」
長兄のダンがそう言うので、店の前に出て剣を振ってみた。
「鞘に入れたところから、素早く抜いてみてくれ」
注文が多いな。まあ、この三兄弟の見立ては正しい。言葉に従って剣を鞘に収め、右足を踏み込むと同時に剣を抜いた。
「ちっ、思ったより剣の腕が上がってやがる。ダフ、これなら袖が邪魔だ。マントから出す時にひっかかっちまう。せっかくの速さが半減だ」
「切れってか、兄貴。俺は逆にしたい。長くして革の手袋の中に入れる」
「暑いぞ、それは」
「袖まくり用のボタンをつけりゃ、世話ねえ。普段は、まくっときゃいいんだ」
「切るんじゃなく伸ばすってえなら、時間かかるぞ」
「ああ。袖を付け替える。兄貴も手伝ってくれ」
「わかった。着てみて、何か要望はあるか?」
ぽかんと二人の会話を聞いていたおれは、ふいに聞かれてとまどった。
「ええと、肌がヒンヤリする」
素肌にチェーンメイルだ。着心地はよくない。
「装備に着心地なんて求めるな!」と言われるかと思ったが、ダンは真剣にうなずいた。
「薄手の肌着を下に入れよう。気になる所があると、動きが鈍る。ほかに何かあるか?」
何もない。この長兄の特殊スキルはおそろしく便利だ。おれの身体のサイズに装備はぴったり合っている。
現実の世界で毎日着ていたスーツより、百倍は着心地がいい。
ふと「企業戦士」という言葉を思い出し、ひとりで苦笑した。スーツ時代のおれは、何かと戦ってもないし挑んでもいない。戦士に失礼だな、あの言葉は。





