99 事態はさらに
雨戸の隙間から薄っすらと日が差して、目を覚ました。
一緒にいたダネルの姿はいない。店に帰ったのだろう。
おれは起き上がり、敷いていた布を畳んだ。おれが動くのを察知して、近くで丸まっていたハウンドも起き上がる。チックも、その近くにいた。
剣とナイフを腰につけ、灰色の長い上着を羽織る。最後にベルトのついた盾を背中にかけた。
玄関の鍵を開け、外に出てみる。外は静まり返っていた。
あたりを歩いてみる。所々に割れた窓や、扉の壊れた建物を見つけた。だが、血が流れたような跡はない。思ったほど被害はないようだ。
そう思ったが、違った。港の風景に言葉を失った。
岸壁につけられた帆船は、のきなみ壊れている。マストは折れ、船壁には穴が開いている。半分ほど沈み海面から斜めに突き出している船もあった。
バルマーの狙いは明らかだ。この国から誰も出さない。そして、誰も入れない。
人間の土地に張った結界は、もう意味を成さない。死霊やアンデッドはバルマーの「仲間」だ。結界を越えて人間の土地に入ってくる。
おれは踵を返して、ギルドに戻る事にした。
ギルドに戻ると、職員たちが出てきていた。職員は揃っているが、昨日のような依頼の群れはない。街中にも人の姿は見なかった。おそらく今日は、誰もが家で縮こまっているのだろう。
現在、まともに動ける憲兵は三番隊のみ。オリーブン城にはまだ兵がいるはずだ。だが、バルマー討伐に動くような話は聞かない。
おれは、依頼書が貼られた壁の前に立った。膨大な数の「死霊退治」の依頼。
上着のポケットに手を入れた。うつむいてぐるぐる歩く。学生時代にこうして考えるのがクセだった。あの時は「今日の学校を休む理由はないか?」と、よく考えたものだ。
おれは顔を上げた。まあ、やるしかねえか。
壁に貼られた依頼書に近づき、死霊退治の依頼書を十枚ほど取った。その束を、マクラフ婦人の窓口に置く。
マクラフ婦人は、腕を組んでおれを睨んだ。おれは肩をすくめ、もう一度、壁に向かう。
また十枚ほど、依頼書を取り、マクラフ婦人の窓口に置いた。
机に座っていたギルド職員たちまでカウンターに出てくる。じっと、おれを見つめていた。
もう一度、壁の前へ戻る。
依頼書を外していると、横に人影が見えた。ほう、珍しい。おれのほかにも、物好きな冒険者がいるらしい。
依頼書を外すのかと思いきや、その依頼書の下に貼られた紙を取った。それは、おれのパーティー募集の張り紙だ。
男の顔を見て、おれは思わず声が出る。
「ガレンガイル」
憲兵三番隊の隊長だ。いや、元隊長か。この日は黒い軍服ではなく、麻布の服を着ていた。腰には青銅の剣が差してある。
「勇者が、仲間を募集していると聞いた」
そう言って手にした張り紙を持ち上げた。
「悪いな、募集条件は冒険者だけなんだ」
「それは、おかしい。その二人は冒険者に見えん」
ガレンガイルが見つめたのは、肩に止めたチックと足元のハウンドだ。
いけね。格好つけて断ったのに、おれの仲間は妖獣だった。
「隊長は憲兵に戻ったほうがいい」
こんな男が憲兵にいるべきだし、こんな男が隊を率いるべきだ。
「勇者カカカ、お前の話に、なぜ憲兵の皆が聞き惚れると思う?」
なぜ? おれはちょっと考えた。憲兵たちが集う酒場で、たしかに何度も話をした。みんな盛り上がった。
「危ないから?」
「違う。人を助ける話だからだ。憲兵になろう、そう思う者は人を助けたくて憲兵になる」
なるほど。たしかに憲兵には、いいやつが多い。
「だが、実際には、お前のほうが人を助けている」
おれは腕を組んだ。助けたっけ?
怨霊の時はチックに助けられ、魔獣の時はダネルに助けられた。
「俺は決めた。戦士になる。オリーブン城は閉まっているので、転職申請はあとにするがな」
えー! それって、すんごい強力な商売敵なんですけど。それより、ちょっと気になった事があった。
「オリーブン城は閉まっている?」
「ああ。城門は閉められた。守備兵は城と城下街のみ守るつもりだ」
おお、なんだか、どの世界も同じだ。自分らの安全だけを考えたか。
「戦士ガレンガイルの剣、存分に使われよ。勇者殿」
かー! たくましい男が言うと、セリフって決まるなぁ。





