第86話 クイーン・アントリア
「キヤアアアアアアアアアッ!!」
クイーン・アントリアの耳障りな金切声が地下に響く。
それは女王の突撃指令。
アントリアを守る黒と緑のアリたちが、一斉に日向たちに迫ってきた。
『北園さん、火炎放射はお預けだ。ここでは連れ去られた人々を巻き込んでしまう可能性がある。火球で一体ずつ排除してくれ』
「りょーかいです!」
狭山の指示を受け、北園がアリの群れへ向けて火球を連射する。
火炎放射も強力だったが、火球の威力も上がっているようだ。
どてっ腹に火球を受けた黒アリが爆発四散した。
『あの黒いアリを『ブラックアント』、緑を『アシッドアント』と命名しよう。日向くんとシャオランくんは北園さんが撃ち漏らしたアリを迎撃だ。少しずつ前進し、人々を救出していこう』
「分かりました!」
「うええええ……アレ殴るのぉ……? やだなぁ……」
日向とシャオランもそれぞれ構える。
アリたちは正面からだけでなく、天井や壁にも張り付いて迫ってくる。さすがの北園もこれら全てに狙いを付け、撃ち落とすのは難しい。
ちょうど一匹、北園の目を掻い潜ってきたブラックアントが、北園の右側面から襲い掛かる。
「させるかっ!」
そのブラックアントに、日向が燃え盛る『太陽の牙』で斬りかかる。
アリの動きは単調で、日向の一撃を避けもせず、あっけなく絶命した。
「うおおおおおおっ!!」
続いて二匹目、三匹目と屠っていく。
そんな日向に向けて、一匹のアシッドアントが酸を放ってきた。
「うおっとぉ!?」
先ほどひどい目にあったことを思い出してか、日向は慌てて『太陽の牙』の腹で酸を防ぐ。
酸を受けた『太陽の牙』は、特にこれといった損傷は受けていない。この剣は、酸程度で破壊できる代物ではないということか。
そして、日向を狙ったアシッドアントは、北園の火球で焼き殺された。
「……ふッ!」
北園の左側面では、シャオランが戦っている。
『地の練気法』で呼吸を整え、震脚を踏み、右の拳を突き出す。
たった一撃で、ブラックアントは動かなくなった。
「ぎゃああああまだ来るうううう!?」
シャオランが叫ぶ。
シャオランの正面からは、合わせて七匹ほどのアリたちが迫ってきていた。
「しかも多いよおおおおお!? もうやだぁぁぁぁ!!」
それでもシャオランは、そのアリの群れに真正面から突っ込んでいく。その表情は必死そのもので、まさにがむしゃら、といった感じだ。
まずは一匹、顎を肘で打ち抜いて倒す。
次に、震脚と共に左の拳を振り下ろし二匹目を撃破。
三匹目は双纒手で撃破する。震脚の勢い、背中の筋力を、突き出した両の拳で敵に叩きつける技だ。吹っ飛ばされた三匹目は、四匹目を巻き込んで倒れる。
天井から落ちて来た五匹目には通天炮を叩き込んだ。地面を踏みしめ右拳を真上に振り上げる、言わば「その場アッパー」。だがその一撃は、落ちて来た五匹目を逆に天井に叩きつけてしまった。
その後、シャオランは六匹目のアリに接近する。その際、途中で転倒させた四匹目を思いっきり踏みつけてトドメを刺す。
六匹目のアリはブラックアントだ。大顎を開いてシャオランに噛みつきにかかる。
しかしシャオランは、噛みつかれるよりも早くブラックアントとの距離を詰め、震脚を踏み、右の掌底をブラックアントの頭に叩きつけ、吹っ飛ばした。
改札口の柱に叩きつけられたブラックアントは、床に落ちて動かなくなった。首が折れたのだ。
最後の七匹目のアシッドアントは、壁に張り付いていたところを、壁ごと鉄山靠を食らわせて押し潰した。
アリたちの堅い甲殻も、シャオランの破壊力には意味を成さない。
たとえ恐怖に怯えていようと、その技の冴えに曇りなし。
なんだかんだで、やはりシャオランは優れた武人である。
「うええええ……アリの体液がぁ……今すぐ手を洗いたい……ぐす……」
アリたちの戦線は押し返され、日向たちがどんどん攻めていく。
やがて日向が、アリたちの側にいた二人の女性に接近することができた。北園とシャオランがアリを食い止めている間に、日向が女性二人に声をかける。
「あのー! 大丈夫ですかー!」
「…………。」
助けた女性二人は返事をしない。
その目は虚ろで、とても正気とは思えない。
「うーん、これは、操られてるのかな……。どうすれば元に戻せるのか……」
日向は考え込むが、これといった妙案が浮かばない。
その時、視界の端でアリのタマゴが動いたのを見た。
『む、日向くん! アリのタマゴが!』
「ええ! 見ました! 孵化なんてさせないぞ!」
日向は『太陽の牙』を構え、タマゴに向かって振りかぶる。
その時、助けた二人がタマゴの前に立ちはだかった。
「ちょっ!? 退いてください! タマゴを壊せない!」
「…………。」
二人は虚ろな目で日向を睨む。
生気の無い表情だが、その行動は、タマゴを守ろうという意思が明確に伝わってくる。
「しっかりしてください! あなたたちは操られているんだ!」
日向は女性の肩を掴んでガクガクと揺らす。
その時。
「う……うーん……。あれ? ここは……?」
「あ、元に戻った? こんなんでいいの?」
日向に肩を揺らされた女性が、正気を取り戻したようだ。
目には生気が戻っていき、表情は人間味を帯びていく。
そして辺りを見回し……。
「……え!? きゃあああ!? 何!? 何なのこれ!? アリ!?」
パニックに陥った。
目が覚めたらいきなり巨大アリの死骸に囲まれているのだ。この反応も致し方無し。
「早くあっちの階段に! 警察が来てますから、保護してもらってください!」
「え、あ、はい! 分かりました!」
日向の呼びかけに応じ、女性は階段を目掛けて走り出す。
一人目と同様に二人目の女性も避難させる。
『どうやら、連れ去られた人々は一種の洗脳状態にあるようだが、軽いショックで正気を取り戻せるようだね。北園さんたちには自分が通信でこのことを知らせるよ。日向くんは戦線に復帰してくれ』
「分かりました! ……おらぁっ!!」
狭山の指示を受け、さっそく北園に近づいてきていたアシッドアントを叩き切る日向。
そこからは先ほどと同じく、アリたちの侵攻を押し退けながら、三人は連れ去られた人々を解放していく。
北園の発火能力がアリたちを焼く。
日向の『太陽の牙』がアリの首を刎ね飛ばす。
シャオランの八極拳がアリたちを無残に打ち砕く。
途中の自動改札機を乗り越える。
アリたちの数がどんどん減っていく。
そして、三人はやがてクイーン・アントリアの眼前まで迫った。
「キヤアアアアアアアアアッ!!」
クイーン・アントリアが一声鳴くと、彼女の後ろの下り階段から、ワラワラとアリたちが這い出てきた。
「くそぉ! まだいるのか!」
「ここにはもう連れ去られた人たちはいないみたいだね。……だったら!」
北園は両手を構え、火炎放射を撃ち出した。
アリの群れがアントリアごと炎の奔流に包まれる。
「キアアアアアアアッ!?」
アントリアの絶叫が響く。
その声に呼応したかのように、天井から、床から、ブラックアントが穴を開けて這い出てきた。
「うわっ!? そんなところから!? 日向くん、シャオランくん! 援護お願い!」
「分かった!」
「し、仕方ない……!」
北園の声を受け、日向とシャオランが散開する。
迫ってくるアリたちを斬り倒し、打ち飛ばす。
天井に引っ付いているアリは、落ちて来たところを引き付け迎撃する。
北園はアントリアに火炎放射を続けている。
そして……。
「キヤアアアアアアアッ!!」
アントリアが、炎を突っ切って北園に向かって突進してきた。
「おっと!」
北園は素早く発火能力を解除し、念動力のバリアーを張る。バリアーはアントリアの巨体を真正面から受け止め、なおもビクともしなかった。
「せーのっ!!」
「キヤアアアアッ!?」
北園が両手でバリアーを押し出すと、バリアーが破裂してアントリアを吹っ飛ばした。アントリアはその先の壁に激突し、床に落ちる。
「よっしゃ、今だ! シャオランも、攻めるぞ!」
「あ、当たって砕けろぉー!」」
それを見た日向とシャオランが、アントリアにトドメを刺すべく接近する。
しかし……。
「キヤアアアアアアアッ!!」
「うわっ!?」
「わっぷ!?」
クイーン・アントリアが、何かのガスを放出した。
距離を取っていた北園は巻き込まれずに済んだが、日向とシャオランがガスをモロに喰らってしまう。
「キヤアアアアッ!」
クイーン・アントリアは一声鳴くと、下り階段に身体をねじ込ませて逃げていった。あとに残されたのは、ガスを受けてうずくまる日向とシャオラン。
「ふ、二人とも! 大丈夫!?」
北園が二人に声をかける。
「あ……ああ。大丈夫だよ、北園さん。ちょっと、肺と頭が熱いけど。けどこれはガスの効果じゃなくて、俺の”再生の炎”が働いているんだと思う」
「じ、じゃあシャオランくんは? どこも悪いところはない?」
北園がシャオランに声をかける。
シャオランはすっくと立ちあがるが、北園の言葉に返事をしない。
「……シャオランくん?」
「…………。」
シャオランはゆらりと北園に向き直る。
その目は、人が変わったかのように虚ろだ。
そして……。
「き、北園さん、危ないっ!!」
「わっ」
日向が北園を突き飛ばす。
ズン、とシャオランが震脚を踏む。
そして、日向の身体に、シャオランの肘がめり込んだ。




