第84話 福岡市地下鉄襲撃事件
――その日、夢を見た。
自宅のインターフォンが鳴る。
インターフォンのカメラには、誰も映っていない。
自分はゆっくり、ゆっくりと玄関のドアへと近づいていき。
バリアーを張りながら、そっとドアを開けた。
――ゆめ、警戒を怠るな。その先には死神がいるぞ。
「はっ!?」
声と共に、北園良乃はベッドから飛び起きた。
時刻は午前8時を指している。
今日は日曜日。学校は休みだ。
「ふー……、また予知夢かぁ……。しかも映像がぼやけてた。これは、だいぶ先の出来事だろうなぁ」
額にうっすらとかいた汗を拭いながら、北園はベッドから下りる。
その時、自身のスマホの着信音が鳴った。
「んー? こんな朝から誰だろう?」
スマホを手に取り画面を見ると、そこには「狭山誠さん」の文字が。
「狭山さんからかー。何の用だろ?」
さっそく北園は狭山からの電話に出る。
「もしもしー? 狭山さん?」
「ああ、北園さん。大変なんだ。福岡市内にて『星の牙』が出現した」
「『星の牙』が……?」
「うん。しかも状況がマズイ。松葉班は別の『星の牙』を退治しに行ってもらっているし、日影くんも別の班に同行している。他の班もほとんどが東日本へ出てしまっている。本堂くんも、確か今日は予備校だ。現状、今すぐ福岡市に駆け付けることができそうなのが、キミと、日向くんと、シャオランくんくらいしかいない」
つまり、頼めるのは自分たちしかいない、ということだ。
ならば、北園に迷う余地など……いや、迷う理由など無い。
「行きます! 私がマモノたちと戦います!」
「ありがとう! 日向くんとシャオランくんも了解してくれている。今から自分が通信車に乗って北園さんの家まで迎えに行こう。出発の準備をしておいてくれ!」
「りょーかいです!」
そう伝えると、北園はスマホの電源を切った。
彼女の表情は、やる気に満ち満ちている。
「さーて、修行の成果を見せるときだね……!」
◆ ◆ ◆
高速道路を、狭山が運転する通信車が走る。
後部座席には日向、北園、シャオラン。助手席に的井。
十字市から福岡市内までは比較的近い。高速道路を使えば一時間足らずで到着できる。
「三人とも、今日は急に集まってくれて本当にありがとう。……断られたらホントどうしようかと」
「い、いやまぁ、状況が状況ですし、断るワケにもいきませんよ」
「ボクは断りたかったんだけどね!? なんか嫌な予感がするし! でも、サヤマがまずリンファに話を通すものだから、即刻家を叩き出されちゃったよ!」
「いやぁ、ごめんね。そうしないと来てくれないかなって」
「リンファさんって、けっこう積極的にシャオランをマモノ討伐に行かせるよね?」
「ホント、勘弁してほしいよ……ボクが何をしたっていうんだよぉ……」
「まぁ、その話は置いといて。的井さん、三人に状況の説明を頼む。自分は少しでも早く現場に向かうため運転に集中しよう。もちろん、法定速度ギリギリ範囲内でね」
「真面目ですねぇ。こんな時くらい10キロほどオーバーしても罰は当たらないと思いますよ? ……まぁそれはそれとして。三人とも、状況の概要を説明するわね」
そう言って、的井は後ろの三人に状況の説明を始めた。
今回現れた『星の牙』は、アリ型の巨大なマモノだ。配下と思われる多数のアリのマモノを引き連れ、市内の地下鉄駅の壁を食い破ってきたのだ。アリのマモノはそのまま、地下鉄駅内にいた人々を壁の穴へと連れ去ってしまった。
現在アリたちは、自分たちが食い破ってきた地下鉄駅の壁の穴を根城にしているようだ。連れ去られた人々の安否は不明。市の警官隊が現場付近を封鎖し、マモノの再襲撃に備えている。
今回の『星の牙』は、多数のアリを配下とする「女王アリのマモノ」だと思われる。マモノ対策室は、このマモノを「クイーン・アントリア」と命名した。『星の牙』としての能力は、現在のところ不明である。
狭山は”地震”か”生命”あたりではないか、と睨んでいるが、断定には至っていない。前回のウィスカーズの一件もあり、『星の牙』の能力判別には、狭山も慎重になっている。
今回の戦いで特筆すべきは、相手が「虫のマモノ」であるということ。
虫のマモノは大抵の場合、火に弱い。
よって、日向の『太陽の牙』だけでなく、北園の発火能力も有効だと思われる。状況によっては、日向ではなく北園をクイーン・アントリア討伐のメインに据えることも十分可能なのだ。
まとめると、今回の戦闘の目標は以下の三つ。
一つ。クイーン・アントリアの討伐。
これについては当然のこと。
二つ。クイーン・アントリア配下のアリのマモノの全滅。
今回の戦場は、多くの人が集まる市街地、その地下だ。どこぞの山奥とはワケが違う。一匹でもマモノの生き残りがいたら、後にその生き残りが犠牲者を出す可能性もある。ゆえに、一匹たりとて逃がしてはならない。マモノは全て殲滅だ。
三つ。連れ去られた人々の救助。
クイーン・アントリアたちが何の目的で人々を連れ去ったのかは不明だ。これが連中のエサのためだった場合、救助はもはや手遅れの可能性が高い。
しかし、まだそうだと決まったわけではない。少しでも生存の可能性を上げるため、迅速にアリたちの根城を制圧し、人々が無事であるならば速やかに保護するのだ。
「……だいたいこんなところかしら。私は地上に残り、警官隊を指揮します。狭山さんはあなたたちの指揮。つまり、アリたちの根城に潜入するのは、完全にあなたたち三人だけよ」
「ボクたち三人だけぇ!? やっぱり日を改めない!? 五人揃ってから行こうよぉ!?」
「そんなに待ってたら、アリたちが地上に出ちゃうでしょ」
「うわあああああ来るんじゃなかったあああああ!!」
いつものように、シャオランが頭を抱えている。
しかし、その一方で……。
「俺たち、三人だけ……」
日向もまた、不安そうな表情を見せていた。
三人だけでのマモノ退治。
今回のマモノたちは、話を聞く限り群れの規模がかなり大きい。
それを、たった三人で殲滅など、果たしてできるのだろうか。
不安が全身を駆け巡り、心臓が激しく胸を叩く。
「なに、きっと大丈夫だよ日向くん」
狭山が日向に声をかける。
不安が声色や表情にまで現れてしまっていたのだろうか。
「キミもこれまで多数のマモノを屠ってきた実力者だ。もっと自分に自信を持っていいと思うよ」
「狭山さん……。ありがとうございます。まだ色々と不安はありますけれど、おかげでやる気が湧いてきました。何回死のうと必ず作戦を成功させてみせますから」
「はは、頼もしいねぇ」
日向の宣言を受けて、狭山は穏やかに笑う。
……しかし、その穏やかな微笑みの裏で、狭山はふと思った。
(気のせいだろうか。日向くんのやる気は、どこか『自棄』を含んでいるように感じる。彼自身のことはどうなってもいいから目標を達成させる、という気持ちが。自分の考えすぎだろうか……?)
そんな狭山をよそに、今度は北園が日向に話しかけてきた。
「そういえば聞いて日向くん! 私の超能力、パワーアップしたよ!」
「……え? 北園さんの超能力、本当にパワーアップしたの?」
日向は目を丸くする。
一月の半ばほどから、北園は狭山に提案された超能力トレーニングをずっと続けていた。
それからマモノと戦う機会が無かったため、その成果のほどを日向は確認できていなかったのだが、北園によればしっかりトレーニングの成果が表れているらしい。
北園の言葉に、狭山もうなずく。
「北園さんの言うことは本当だよ、日向くん。自分も何度か見せてもらったけれど、能力一つ一つが随分と強力になっている。今日の北園さんは一味違うよ」
「そういうこと! 期待してくれていいよ、日向くん!」
「そうかぁ。それなら意外と、今回の任務は楽に終わったりして。ふふ」
「そうなってくれることを祈るばかりだね。では雰囲気も温まってきたところで、目的地まで一気に飛ばすとしよう! もちろん、法定速度範囲内でね!」
五人を乗せる通信車は、およそ時速80キロほどで道路を疾走していった。




