第82話 太陽の牙検証会
「へー、『太陽の牙』にまだそんな能力があったのか」
狭山の家にて、日向と日影がテーブルに座りながら話をしている。同じ顔の少年がテーブルに座りながら向かい合う様子は、さながら鏡写しだ。
話の内容は、前回の日影の松葉班同行について。
日影はこの時、『太陽の牙』に「寒さに強くなる能力」と「『すぐに回復しろ』と念じればすぐに回復してくれる」能力を発見したことを日向に話していた。
さらに、此度の日影の戦いを分析した狭山は、『太陽の牙』には『星の力』で生み出されたエネルギーにも強力な威力を発揮すると推察した。
例えばグラキエスの氷の鎧を、日影が容易く破壊できたように。
日向が、ロックワームの頑丈な岩の甲殻を切り裂いたように。
日影が、ブラックマウントの噴火攻撃を真っ向から斬って捨てたように。
『星の牙』の超常の攻撃にも、『太陽の牙』は真っ向から対抗できるようだ。
「一つ注意しておくと、『すぐに回復しろ』と念じた時、”再生の炎”はその勢いを増す。結構痛いぞ」
「うへぇ。ただでさえ熱くて痛いのに、さらに熱くなるのか。あまり頼らないようにしないとなぁ」
げんなりした表情で日向が呟いた。
「……それにしても、狭山さん、結構時間かかってるな」
「ああ、そうだな。まぁ無理も無いだろ。なにせ、あの意味の分からない剣が相手だ。いくらアイツの頭脳でも手こずるだろうさ」
今日は、狭山が「太陽の牙検証会」と称して日向をここに呼んだ。
ここに来て、『太陽の牙』に新しい能力がさらに三つも発見されたことを受け、狭山は一度、『太陽の牙』をより詳しく調べる必要があると感じた。
そこで、二人が持つ『太陽の牙』を調べ、どのような物質で構成されているのか、他に何か能力はあるか、二人の持つ剣に差別点はあるのかなど、現時点で分かる範囲で徹底的に調べようというのだ。
狭山は現在、二階の研究室にて二人の『太陽の牙』を分析している。
その間、二人はリビングで狭山の分析結果を待っている。
「……あー、暇だ。ソシャゲでもやろっと」
「またゲームか。たまには筋トレでもしろよ。仮にもマモノと戦う兵士だろうが」
「……って言われてもなぁ。『太陽の牙』は俺たちが死んでも復活させるし、下手なマモノは一撃で倒してしまうし、俺が身体を鍛える意味ってある?」
「大いにある。身体が強くなれば、出来る動きも大きく変わってくる。そうなれば、マモノを倒す手段も増える。それにお前、最後にはオレと決着を付けること、忘れてないだろうな」
「あー、そうだった」
「……マジで忘れてたのか?」
「いや、忘れたワケじゃないんだけど、何というかなぁ……」
日向がバツの悪そうな表情をしていると「やぁやぁお待たせ。分析が終わったよー」と言って、狭山が戻ってきた。
「おう狭山。どうだった? 何か分かったのか?」
「うん。調べたところ、『太陽の牙』は、この星には無いエネルギーで構成されていることが分かった」
「この星には無いエネルギー?」
「うん。あの剣はいかにも『鋼の剣』って感じの見た目だけど、実際には強力なエネルギーの結晶体みたいなものだね。……だけど、このエネルギーは地球上では複製できそうにない。これが再現できたのなら、『太陽の牙』を量産することも可能だったかもしれないんだけどね」
「量産型の『太陽の牙』かぁ……。見たいような、見たくないような」
今回の検証会における真の狙いはそこだった。日向や日影の代わりに『太陽の牙』を扱えるものを増やせれば、二人の負担を大きく軽減できる。
また単純に、マモノに対する強力な武器を増やせるという意味でも、今回の分析には一縷の望みを賭けていた。
だが結果は先述のとおり。
「太陽の牙量産計画」は、あえなく頓挫した。
「あるいは今度こそ、俺以外の誰かにこの剣を押し付けられるかもと思ったんだけどなぁ」
日向がポツリと呟く。
「懲りないヤツめ。諦めて戦え」
「無茶言うなよ。こちとらどん底まで落ちこぼれた、ただの高校生だぞ? 俺なんかよりこの剣の使い手に相応しい奴なんて、それこそいくらでもいるっていうのに。なんで俺なんだ。お前だって、俺の影なんかより別の誰かの影として生まれた方が、きっともっと強かったんだぞ?」
「……ったく、重症だなコイツは……」
日向は、自身の『太陽の牙』を手元に呼び寄せる。
日影も同じく『太陽の牙』を呼び寄せる。
二人の手の平から炎が噴き出し、それが剣の形となった。
「……あ、良いこと思いついた」
不意に日向がそう呟いた。
「確かにこの剣は俺以外の人間が触ったら熱くなるけど、だったら熱くないように対策したらいいんじゃないか? ちょっと不格好だけど、なべつかみでもつけて誰かに持たせれば……」
「……と、思うじゃん?」
日向の話に、狭山が割って入る。
「残念ながらそれも先ほど検証した。これを見てほしい」
そう言って狭山が取り出したのは、金属製の籠手だ。
中世の騎士が付けていそうな、頑丈そうな防具だ。
どこから取り寄せたんだそんなモノ、と日向は密かに思った。
「自分も日向くんと同じ可能性を考えていたんだ。熱さ対策をして剣に触れば、日向くんでなくても『太陽の牙』を扱えるんじゃないかなって。けれど駄目だった。よく見ててね?」
そう言って狭山は籠手を嵌め、おもむろに日向の『太陽の牙』を掴み上げた。
始めは何ともなく『太陽の牙』に触れることができていたが、時間が経つにつれて籠手から煙が噴き出し、最後には手の平の部分が赤熱し始めた。
「熱つつつつつ……と、こんな感じでね。日向くん以外の人が触り続けると、この剣は際限なく熱くなり続けるんだ。防具の上からだろうとね。どこまで熱が上がるか先ほど検証してみたけど、これと同じ金属の籠手がドロドロに溶けてしまったよ」
「剣……マジか……」
「ちなみに他の物でも試してみたよ。キッチントングで掴んだり、ワイヤーに括りつけたりもしてみた。けれど結果は同じ。みんな溶解させられてしまった。以前、試しに北園さんの念動力で日影くんの『太陽の牙』を持ち上げてもらったことがあるんだけど、なんとそれにも対抗してきた。念動力を制御していた北園さんの手を、『太陽の牙』は焼いたんだ」
「む、無茶苦茶だ……」
どうやら『太陽の牙』は、意地でも日向に自身を使わせる気らしい。
一体この剣は日向のどこを気に入ったというのか。
なんにせよ、日向にとってはいい迷惑である。迷惑剣である。
「それで、最後に素朴な疑問なんだけどね」
狭山が口を開く。
「日向くんの『太陽の牙』を、日影くんが持ったらどうなる?」
「それは……えーと……どうなるんだろ?」
言われて日向は首を傾げる。
確かに、考えてみるとどうなるのか。
ちゃんと持てるのか。それとも熱くなって拒絶されるのか。
偶然にも、お互いにそれを確かめる機会は今まで無かった。
「んじゃあ早速持ってみるか? ほれ」
そう言って日影は、日向に自身の『太陽の牙』を押し付ける。
「ちょま、違う、お前が俺の剣を持つって話で……熱っちぃ!?」
日影の『太陽の牙』を押し付けられた日向は、思わずそれを取り落した。
日向が触れた瞬間、日影の『太陽の牙』は火傷するほどの熱を発した。
「ぐああああああ熱いいいいいいいい」
そして日向の”再生の炎”が、日向の火傷を焼いて治す。
日向は、音が鳴るほど手をパタパタと振っている。
「なるほど、日向くんでも触れないのか。これは興味深い。やはり二人の『太陽の牙』には何かの差別点が……?」
「なんだ触れないのか。この分ならオレがお前の剣に触っても熱くなるんだろうな。『太陽の牙』二刀流とかやってみたかったんだけどなぁ」
「ええい人が火傷したっていうのに何の心配もしてくれない!」
「だってお前、どうせ火傷治るし」
「ちくしょう!」
その後もあれこれと検証を重ねた狭山だったが、これ以上の成果は得られなかった。
◆ ◆ ◆
今回の「太陽の牙検証会」にて判明した能力、既に判明している能力をここに取りまとめる。
1.『太陽の牙』は、刀身に炎を纏わせることができる。
2.『太陽の牙』は、所有者の傷、状態異常、死亡を治す”再生の炎”を持っている。しかし「所有者が溺れて水に沈む」、「何かに潰され、その『何か』が所有者の上から退かない」など、復活してもすぐに死ぬ状況、つまり「詰み」の状態になると、その「詰み」の状態から脱出しない限り”再生の炎”は機能しない。
3.『太陽の牙』は、所有者にしか触れることができない。これは日向が日影の『太陽の牙』に触れた場合、日影が日向の『太陽の牙』に触れた場合も同様である。
4.『太陽の牙』は、所有者となった者の影を分離させる。その際、所有者はおよそ一年余りの間に、分離した影を倒さなければ、分離した影が所有者を自身の影にして所有者の存在を乗っ取ってしまう。また、影が離れた所有者は鏡やカメラなどに写らなくなる。
5.『太陽の牙』は、離れた場所から所有者の手元に呼び寄せることができる。
6.『太陽の牙』は、『星の牙』ないし『星の力』に強力な特効を持っている。それ以外の普通の物質については、この星の鋼の剣と同程度の切れ味である。また、『星の牙』が生み出すエネルギー攻撃についても同等の特効を発揮する。
7.『太陽の牙』は、所有者を寒さに強くし、冷気への耐性を持たせる。しかしあまりに強烈な冷気を受ければ、身体は凍る。
この剣は、人では測り知れない力を持っている。
きっとこの剣が持つ能力は、これだけではない。
今後の戦いで更なる検証を重ね、この剣の真の力を引き出すことが、この「マモノ災害」を解決に導くカギとなるだろう。
狭山誠




