第79話 松葉班の狩り
松葉班と日影は、息を潜めながらモンゴルの森を往く。
草原のイメージが強いモンゴルだが、森林も各所に存在する。とくにロシアとの国境に近い森林には、トナカイも生息すると言われている。とはいえ、現在日影たちがいる森林は、比較的国の内側の方なのだが。
(松葉班の装備は、中国のマモノ討伐チームとあまり変わらないんだな)
日影が思うとおり、松葉班の装備は中国のマモノ討伐チームとほぼ同じである。対マモノ用のアサルトライフルに、『星の牙』対策と思われる重火器がいくつか。
腰には数個の手榴弾とバックパックをぶら下げている。決定的な違いは、隊員のうちの二名、上原と雨宮が狙撃銃を持っているところだ。
「……む、止まれ」
隊長の松葉が皆に声をかける。
前方に角の生えた馬のマモノがいる。ツノウマだ。
合わせて六体のツノウマがたむろしている。
(あれだけいたら、一体を仕留める間に、他の個体に気づかれちまうな)
日影がそう考えていると、松葉が声をかけてきた。
「ツノウマは『星の牙』じゃない。脳天に銃弾をぶち込めば楽に倒せる。日影くんはここで見ているといい」
「ん、分かった」
日影が下がると、松葉班の隊員たちが気配を殺しながら前に出る。
木の陰に隠れ、地面に伏せ、全員が前方にいるツノウマにアサルトライフルで狙いを定める。
「配置完了しました」
「こちらも完了。いつでもいけます」
「よし。カウントを始める。3、2、1、撃て」
松葉の合図と共に、隊員全員のアサルトライフルが火を吹いた。
それと同時に、六体全てのツノウマが地に倒れた。
(……ははぁ、なるほど。ひとり一体を狙ったワケか)
隊員の一人ひとりが、それぞれ別のツノウマを狙い、合図と同時に全員がヘッドショットを決めた。これにより、複数の敵が相手でも、銃声に気づかれる前に全員黙らせることができる。
次なる獲物を求めて森を練り歩く一行。ツノウマの群れを見つければ、先ほどと同じ方法で次々とツノウマを暗殺していく。
合わせて21頭目のツノウマが地に倒れた、その時。
「ガアアアアアアアッ!!」
「うお!? コイツは!」
木陰から何者かが飛び出してきて、近くにいた日影に襲い掛かった。
しかし日影はギリギリのところでこの襲撃に気づき、前方に飛び込んで回避した。
日影に襲い掛かったのは、灰色のまとまった体毛、そして虎を思わせる凶悪な面構え。
日影は、このマモノを中国で見たことがあった。
「……トウテツか!」
「ガルル……」
それは、中国に生息すると言われていたマモノ、トウテツだ。灰色の体毛からはバチバチと電撃が発生しており、戦闘態勢を取っている。
「確かに中国とモンゴルは陸続きだけどよ、こんなところまではぐれてきたのか?」
「分からん。だがマモノと言うのは存外賢い。それぞれ別種のマモノでありながら、我々人間を倒すために連携してくるくらいにはな。コイツも、件のグラキエスに雇われた用心棒か何かかもしれん」
日影は剣を構え、松葉はアサルトライフルを構える。
その後ろで他の隊員たちも銃を構える。
トウテツは、今にも襲い掛からんと身構えている。
「コイツはちょいと、まともに戦うのは骨かもしれんな。上原、雨宮。狙撃しろ」
「了解!」
「アイサー!」
松葉の指示を受け、上原と雨宮は背負っていたセミオートライフルを手に取り、トウテツに向かって弾丸を撃ち込んだ。
弾丸はトウテツの体毛に吸い込まれるように命中した。
その次の瞬間、トウテツの身体がグラリと倒れた。
「……は? なんだ今の。あれで死んだのか?」
「まだ死んではいないよ。眠っただけだ。これから死ぬがね」
そう言って松葉は眠っているトウテツに近づき、その頭部にアサルトライフルの銃口を向け、マガジンにあるだけの弾丸全てを撃ち込んだ。
トウテツが起き上がることは、二度となかった。
「『ゾウを一撃で殺す弾丸』はそうそう無いが、『ゾウを一撃で昏倒させる麻酔銃』というのは結構あるものだ。手こずりそうなマモノや『星の牙』は、こうやって眠らせてから仕留める。さすがの『星の牙』も、麻酔に対する抵抗力は他のマモノとそう変わらない」
「はぁー、思ったよりエグい戦法を使うんだな」
「すべてのマモノをこうやって仕留めたワケではないが、主力の戦法の一つではあるな」
言いながらアサルトライフルのマガジンを取り換える松葉。
他の隊員たちは周囲を警戒している。
だが、この辺りのマモノの気配はほとんど無くなったようだ。
「……これで取り巻きのマモノは、大体一掃出来ましたかね?」
雨宮隊員が呟く。
しかし、これに対して隊長の松葉は……。
「……いや、まだ残っていたようだ」
そう言って、三時の方向を指差した。
その先の丘の上に、十体以上ツノウマの群れがいる。
「……いや、ツノウマだけじゃないみたいだぜ?」
日影が口を開き、指差す。
その先に居るのは、銀のたてがみを持った雄々しい白馬のマモノだ。額には氷で出来たような角を持ち、体格は周りのツノウマより頭一つ抜けて大きい。
その姿は、真っ直ぐ立っているだけでも、周りのツノウマとは格が違うというオーラが漂っているようだ。
「アイツが、グラキエスか……!」
日影が『太陽の牙』を構える。
松葉班も、揃ってアサルトライフルを構える。
「ヒヒイイィィィィン!!」
グラキエスのいななきがこだまする。
それを合図に、彼の周囲にいるツノウマたちが一斉に突撃してきた。




