第78話 松葉班
1月も後半に差し掛かるころ。
今日は平日だ。
日向たちは学校に行っているので、マモノ討伐はお休みである。
彼らはマモノと戦う戦士である以前に一人の学生である。よってマモノ対策室は彼らに、できるだけマモノよりも学業を優先させるようにしている。
だがしかし。
そんな彼らの中にも一人、平日だろうと自由に動ける者がいる。
日影である。
生まれが特殊であるため、日影は学校には行っていない。
そのため、平日だろうと自由にマモノ討伐に参加できる。
「日影くん。今回は我々に同行してくれたこと、感謝する」
「いいさ。むしろオレの方が感謝したいくらいだ」
そう言って日影は、正面に座っている迷彩服の男と握手を交わす。
その男はガッシリとした体格に180センチを超す長身を持つ。
歳は40代後半といったところか。
その男の名は松葉 健一。
日本のマモノ討伐チームはいくつかの班で分かれているが、その中でも最強との呼び声高い『松葉班』の隊長である。
先日、狭山から松葉班の話をチラリと聞いた日影は、彼らに興味を持ち、彼らの戦い方を学ぶために同行を申し出たのだ。
『星の牙』は、その凄まじい生命力の高さゆえ、ミサイルなどの大火力で一気に沈黙させるのが主流とされてきた。
しかし、時にはどうしても人の手で倒さなければいけない状況がある。都市部にマモノが出現した場合などがその代表だ。
松葉班はそんな状況下に率先して挑み続けた結果、白兵戦で計十五体の『星の牙』を倒してきている。これは日本では最高記録。世界で見ても屈指のスコアである。
松葉班は六人の隊員で構成されている。そのほぼ全員が自衛隊の精鋭から引き抜かれた戦闘のプロである。
メンバーは、隊長の松葉をはじめ、横田、鳥羽、岡崎、上原、そして雨宮。中でも雨宮は20代後半と、六人の中ではダントツで若い。
しかし、その若さにも関わらず優れた戦闘の腕と知識から将来を期待視され、経験を積ませる目的で狭山が松葉に紹介し、彼の部下となった。
現在、彼ら松葉班と日影を含む七人は、日本から離れたモンゴルの地にいる。
モンゴルの草原を、迷彩柄のジープが走る。
運転手は横田。助手席には岡崎が座る。
その後ろに残りのメンバーが座っている形だ。
どこまでも緑が続く草原。もし、今日の空が澄んだ青空であれば、文句なしの絶景であっただろう。
しかし、残念ながら今はどんよりとした曇り空である。
灰色の分厚い雲が、爽やかな草原の光景を台無しにしている。
気温も低く、今に雪が降り出しても全くおかしくない。
「なぁ、なんで日本のマモノ討伐チームのアンタらが、わざわざモンゴルまでやってきたんだ? モンゴルのマモノは、モンゴルの軍に任せればいいだろ?」
日影が尋ねる。
それに答えたのは、雨宮隊員だ。
「モンゴル国防軍は、規模がかなり小さいんだ。人員もあまり多くないし、ヘリや戦闘機も無い。その分、海外協力や災害対策に特化しているんだ」
「弾道ミサイルとかも無いのか? マモノをまとめて吹き飛ばしてやればいい」
「無いらしい。だが、あったとしても滅多に使えるものじゃない。ミサイルでマモノを吹き飛ばすのはもちろん楽だけど、周りの被害も尋常じゃないからな」
「……ま、確かにな」
「今、モンゴルでは多数のマモノの出現が確認されている。モンゴル国防軍も対処に当たっているけど、いかんせん人が足りない。それも、経験の高い人手が。いつもなら隣の中国とかに協力を要請してるらしいけど、その中国の主力部隊が現在療養中だ」
「……あー、ブラックマウントの時のか……」
日影が呟く。
あの日、自分たちがブラックマウントと戦っていた裏で、中国のマモノ討伐チームも強力なマモノと戦っていたらしい。それは、あの星の巫女に仕えていた白い大狼、『ゼムリア』だったとか。
彼らは命までは取られなかったが、打撲、凍傷などの怪我を負った。そのため、あの日から一か月ほど入院しているのだという。
「そこで自分たちに白羽の矢が立ったというワケだ」
「なるほどなぁ」
日影が納得のいった表情で頷く。
「……さて、目的地に着く前に、今回のターゲットについて確認しておくぞ」
松葉がそう言うと、皆が松葉に注目する。
運転席にいる横田と岡崎も、隊長の声に耳を傾ける。
「今回のターゲットは、この馬のマモノだ。識別名称は『グラキエス』。まだ本部のデータには無い、新しいマモノだ」
そう言って松葉が、端末の画像を見せる。
真っ白な毛並みを持った、大きな馬だ。
額には氷のように透き通った角がある。
「コイツは遊牧民たちに襲撃を仕掛け、彼らが飼っている家畜を度々逃がしているらしい」
「さながら、家畜をターゲットにした解放運動ですね」
「ああ。家畜を逃がすまいと、コイツに猟銃で立ち向かった者もいるが、反撃を受けて大怪我を負ったようだ。その際、冷気を放出して暴れまわる姿が確認されている。つまり、コイツはいわゆる”吹雪”の『星の牙』である可能性が高い」
「それならこの悪天候も、ソイツが関わっている可能性がありますね」
「ああ。『星の牙』は天候をも操るからな」
部下の言葉に返事を返しながら、松葉は話を続ける。
「この『グラキエス』には取り巻きのマモノがいる。『ツノウマ』だ。お前たちなら知っているだろうが、日影くんは見たことはあるかな?」
そう言って松葉は、日影に『ツノウマ』と呼ばれたマモノの画像を見せる。その名の通り、普通の馬に真っ直ぐな一本の角が生えたマモノだ。
「いや、初めて見るな。……なぁ、この見た目なら、普通に『ユニコーン』じゃダメだったのか? ソイツの名前」
「ユニコーンは別にいるんだ。”水害”の『星の牙』としてね。我々は戦ったことはないが。聞いた話だが、なんと伝説通り、純潔な少女に懐くらしい」
「へぇ。……もっとも、このムサい男衆にとっては何の役にも立ちそうにない情報だが」
「ははは、違いない」
「んで、この『ツノウマ』には何か特殊な能力はあるのか?」
「特にない。角で敵を突き刺し、蹄で相手を蹴り飛ばすのが主な攻撃手段だ。だが分かっていると思うが、どちらの攻撃も殺傷力は抜群だ。君は死なないと聞いているが、それでも気を付けろよ」
「ああ、分かった」
話も終わり、そろそろジープが目的地に到着しようとしていた。
場所はモンゴルの辺境にある森。
そこにグラキエスと、その取り巻きであるツノウマたちが潜伏しているという。
「さて、もうすぐ到着だ。日影くん。君の持つ剣は対『星の牙』の切り札だと聞いた。期待しているよ」
「任せとけ。せいぜい楽をさせてやるさ。けど、アンタらの戦い方もちょっとは見せてくれよ?」
「もちろんだとも。何なりと参考にしてくれ」
やり取りを終えると、日影と松葉はコツンと拳を合わせた。




